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連載

#31 大河ドラマ「光る君へ」たらればさんに聞く

『源氏物語』の英訳を「日本語訳」 ウェイリー版で深まる作品の理解

宇治川のほとりに立つ、源氏物語宇治十帖のモニュメント=2023年9月、京都府宇治市、北川学撮影
宇治川のほとりに立つ、源氏物語宇治十帖のモニュメント=2023年9月、京都府宇治市、北川学撮影 出典: 朝日新聞

紫式部が主人公の大河ドラマ「光る君へ」。『源氏物語』はイギリスの東洋学者、アーサー・ウェイリーが英訳したことでも知られています。平安文学を愛する編集者のたらればさんは「英訳が再び日本語訳されたことで『源氏物語』の理解が深まります」と指摘します。(withnews編集部・水野梓)

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「宇治十帖」につながる「川辺の誓い」

withnews編集長・水野梓:大河ドラマ最新回の第42回「川辺の誓い」では、宇治の別邸で静養する道長(柄本佑さん)をまひろ(吉高由里子さん)が訪ねました。

そこで、光源氏が亡くなったあとの『源氏物語』で、子孫たちについてつづった「宇治十帖」の着想を得るというすばらしい流れでしたね。

生気のない道長を見て、宇治川を前にしたまひろが「この川で二人、流されてみません?」と言ったセリフ、まさに「宇治十帖」の浮舟の入水につながるなと思いました。

たらればさん:「宇治十帖」における浮舟の(身分違いの恋に引き裂かれた末の)入水自殺未遂は、あの頃の貴族にとっては禁忌中の禁忌でした。作中の薫や匂宮にとっても、ドラマ内の道長にとっても、自身の「死」とは第一義に「出家」で、肉体的な死はそのずっと後だったはずです。

(当時の感覚では最果てのど田舎である)東国育ちで母親の出自が低く、流儀もわきまえない浮舟だからこそ、「入水」という枠外の発想に思い至ったわけです。
たらればさん:そうした前提があるうえで、『光る君へ』「川辺の誓い(第42回)」を見返すと、「二人、流されてみません?」というセリフのあとで、数秒なにかに思い至ったようなまひろの顔がアップで映されました。

目の前に宇治川が流れていたことで(浮舟と同じく受領階級の子息である)まひろにとって「物語の続き」の着想を得る、という仕掛けだったんですね。大変お見事でした。

水野:宇治にある鳳凰が特徴的な「平等院」は道長の別荘を息子・頼通が寺院にしたものなんですよね。宇治には藤原一族のお墓「宇治陵」がありますし、関係の深い地だなぁと改めて思いました。
平等院の近くを流れる宇治川。上流には天ケ瀬ダムがあり、さらに上流は瀬田川と呼ばれ、滋賀県大津市の石山寺のそばを流れています=京都府宇治市の宇治橋
平等院の近くを流れる宇治川。上流には天ケ瀬ダムがあり、さらに上流は瀬田川と呼ばれ、滋賀県大津市の石山寺のそばを流れています=京都府宇治市の宇治橋 出典: 朝日新聞

「源氏物語」は〝カテドラル〟 文明の結集

水野:『源氏物語』は、イギリスの東洋学者アーサー・ウェイリーが英語訳し、先日、NHKの『100分de名著』でも取り上げられましたね。

リスナーさんからは、英訳にシェイクスピアの文学や「ノアの箱船」が出てくるのに驚いたというコメントがありました。

たらればさん:はい。1925年から刊行されたアーサー・ウェイリーの英訳を、2017年にふたたび日本語へ訳した『源氏物語 A・ウェイリー版』(毬矢まりえ・森山恵訳、左右社刊)という本があります。

左右社『源氏物語 A・ウェイリー版』

「光源氏」のことは「シャイニング・プリンス・ゲンジ」、「内裏」は「パレス」、「輝く日の宮(藤壺)」は「プリンセス・グリタリング・サンシャイン」と訳されています。最高ですよね。

英訳がふたたび日本語訳されると、実感として頭にスッと入ってくる表現があってとても新鮮です。

水野:たしかに「光源氏」ってわたしたちは固有名詞ととらえがちですが、「シャイニング」と言われると「そうか、この物語の主人公は光り輝くオーラを放っていたんだな」って再認識できます。
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました 出典: 朝日新聞、2019年10月、京都市上京区、佐藤慈子撮影
たらればさん:訳者である森山さんと毬矢さんが、翻訳の過程をつづったエッセイ『レディ・ムラサキのティーパーティ らせん訳「源氏物語」』(講談社)の書評(https://gendai.media/articles/-/124908)にも書いたんですが、ウェイリーは『源氏物語』を「カテドラル(大聖堂)」にたとえているんですよ。

講談社『レディ・ムラサキのティーパーティ らせん訳「源氏物語」』

これって、たとえばサグラダ・ファミリアとかを想像すると分かりますが、「文明の結集」のことなんですよね。

『源氏物語』って、それまでの日本文学の歴史と、朝鮮半島や渤海国・唐といった東アジアの文明文化の結集でもあるんです。東アジアの果てに、時の流れという縦軸、貿易の横軸が寄り集まってできた作品なんです。

それを英語で再現するためにウェイリーが何をしたかというと、ユーラシア大陸の(東のはじっこの日本列島とは対極にある)西のはじっこの英国で、そこまでたどりついた文明をすべて反映させて源氏物語を訳したんですよね。集合知というか。

水野:なるほど。西洋のさまざまな文化をギュッと集めて、英訳に反映させたんですね。だからシェイクスピアも投影されていると。

たらればさん:ウェイリーは、生涯日本に足を踏み入れたことはないので、平安京も十二単も一度も眼にすることなく、想像力を総動員させたはずです。

そもそも彼は語学の天才で、当時は日本にも「現代語訳」がなかった時代に、『源氏物語』を原文から訳したんですよね。

水野:そう考えるとすごすぎますね!!

たらればさん:古文と注釈書の「注」を参考にして訳したと言われていますが、それにしたってすごいですよね。

彼の訳した『ザ・テイル・オブ・ゲンジ』は発表直後から各書評で絶賛されて、『源氏物語』が世界文学になってゆくキッカケになります。

「日本の偉大なオリジナル作品」を探した背景

水野:英訳文自体もおもしろいですよね。空蟬の脱いだ衣を、ヨーロッパ文化の人にも理解できるように、「スカーフ」と訳していたのにびっくりしました。

たらればさん:個人的に、彼の英訳で「おお、なるほど!」と感動したのは、「桐壺更衣(光源氏の実母)」を「ワードローブの姫君」と訳したところでした。

つまり、「更衣」ってワードローブ担当、「帝の衣装係」なわけです。着替えを手伝うから「お手付き」が発生する。だから本来「妻」にはなりえないんですね。ことばの意味を英訳で改めて再発見しました。
紫式部がたどった道のりに思いをはせるイベント「紫式部の旅」。紫式部役を先頭に、行列は宇治川にかかる朝霧橋を進みます=2024年10月18日、京都府宇治市、北川学撮影
紫式部がたどった道のりに思いをはせるイベント「紫式部の旅」。紫式部役を先頭に、行列は宇治川にかかる朝霧橋を進みます=2024年10月18日、京都府宇治市、北川学撮影 出典: 朝日新聞
たらればさん:桐壺帝の寵愛を受けて子をなし厚遇された桐壺更衣は、帝の妻である弘徽殿女御(レディ・コキデン)にとってみれば、「衣装係の分際で!」という怒りがあったんだろうな…と、そういう実感も生まれるわけです。

水野:「更衣」では具体的にイメージできていませんでしたが、「衣装係」と聞くと、たしかに「位」が低そうな姫君だな……ということが伝わりますもんね。

清紫対比論、ウェイリーが記したのは…

水野:前回、「清紫比較論」の話も出ましたが、ウェイリーはどうだったのでしょうか。

【関連記事】紫式部と清少納言、どちらがすごい? 比較されるようになったのは…

たらればさん:ウェイリーは『枕草子』も(抄訳ではありますが)英訳しているんですよ(『ザ・ピローブック』)。

そして「レディムラサキもすごいけど、清少納言もすばらしい」と書き残しています。おれたちのウェイリー、さすがです!!

水野:どちらもフラットに評価していた人なんですね。
たらればさん:『源氏物語』と『枕草子』を文字量で比べると、約100万字と約10万字で、10倍ぐらい違うので、研究や訳書の量でいうと源氏物語が圧倒的に多いのは当たり前なんですけどね。それはそれ、これはこれで。

水野:大河ドラマをきっかけに、改めて平安文学を読んだわたしですが、ウェイリーのように「どちらもすばらしい」という考え方でいたいなぁと思います。
◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。
次回のたらればさんとのスペースは、11月17日21時~にこちら(https://x.com/i/spaces/1LyGBgEbkRYJN)で開催します。

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