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#29 大河ドラマ「光る君へ」たらればさんに聞く

一条天皇の辞世の歌「君」は誰のこと? 藤原道長と行成で違った解釈

彰子さまたちが葬られているとされる宇治陵の総遥拝所。彰子さまは一条天皇を早くに亡くし、子どもや孫にも先立たれながら、満86歳まで「女院」として生き抜きました=京都府宇治市
彰子さまたちが葬られているとされる宇治陵の総遥拝所。彰子さまは一条天皇を早くに亡くし、子どもや孫にも先立たれながら、満86歳まで「女院」として生き抜きました=京都府宇治市 出典: 水野梓撮影

大河ドラマ「光る君へ」では、彰子さまと心を通わせた一条天皇が崩御するシーンが描かれました。一条帝が残した辞世の歌は、記録によって表記に違いがあり、誰に宛てたものなのかも諸説あるといいます。平安文学を愛する編集者・たらればさんの解釈は…?(withnews編集部・水野梓)

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辞世の歌の記録、道長と行成で表記にぶれ

withnews編集長・水野梓:第40回「君を置きて」では、数え年で32歳で一条天皇が崩御してしまいましたね…。

たらればさん:タイトルの「君を置きて」が、一条帝の辞世からとっていましたからね…。

水野:この歌は、記録によって表記にぶれがあるそうですね。

たらればさん:はい。この歌は一条帝の最期を看取る際、病床にて口頭で詠まれたとされています。道長が『御堂関白記』に記したのはこちら。
 
「露の身の 草の宿りに君をおきて 塵をいでぬることをこそ思へ」

たらればさん訳/人生という、草のうえの露のようなはかないこの世に、きみを置き去りにして、わたしはひとり出家してしまった。そのことが気がかりでならない。

行成が記した『権記』の記述はこちらです。
 
「露の身の 風の宿りに君を置きて 塵を出でぬることぞ悲しき」

たらればさん訳/人の身は露のようにはかないもので、(一筋の風で飛ばされてしまうような)この世に、いとしい君を置いてゆくことがかなしい。

水野:病状が重くて、どう言ったかハッキリ分からなかったのかもしれませんね…。

たらればさん:念頭に、亡くなった定子さまの辞世「煙とも 雲ともならぬ身なりとも 草葉の露をそれと眺めよ」があったかどうか、ということも言われています。

水野:自分の人生を「露」にたとえるところにも共通点がありますもんね。

「君」は誰をさすのか? 解釈はさまざまだけど…

たらればさん:ドラマでは『権記』の表現を使っていましたね。

この辞世にある「君」が、彰子さまのことを指すのか、(一条帝が亡くなった西暦1011年から数えて)11年前に亡くなった定子さまのことを指すのか、というのは諸説あります。

道長は疑いなく「彰子のこと」と記し、行成は「其の御志、皇后に寄するに在り。但し指して其の意を知り難し。」(私訳/一条帝のお心は皇后にあったのでしょう。ただ本当のところどうなのかは知りようもありませんが…)と記しています。この「皇后」が定子さまのことか、彰子さまのことかで、また諸説あるわけです。
定子さまのお墓・鳥戸野陵につながる参道=京都市
定子さまのお墓・鳥戸野陵につながる参道=京都市 出典: 水野梓撮影
水野:そうなのか~。たらればさんはどう思いますか?

たらればさん:わたくし個人としては、「光る君へ」のドラマ内での描写と同じく、(定子さまのことが頭によぎりつつも)目の前で自分を看取ってくれている彰子さまに宛てて詠んだのだろうなと思っています。

水野:わたしも同じ思いでした。定子さまのことはもちろん思いつつも、短い間でも心を通わせ、定子さまの遺児・敦康を東宮にするべきだと考えてくれていた彰子さまのこともふまえて詠んだと思いたいです。

たらればさん:彰子さまは満年齢で11歳の頃に父(道長)と周囲に言われるがまま入内して、この時点まで11年間連れ添い、生涯唯一の夫となった一条帝を看取ります。

辞世を聞いているときも「これは自分宛てかな? それとも定子さま宛てなのかな?」と思ったはずなんですよね。

そういう思いを抱えて、彰子さまはこの時から60年以上、満年齢86歳で亡くなるまで、妹や子や孫まで亡くしながらも「女院」として孤独に政争を生き抜いて、定子さまの遺児たちの境遇や、『源氏物語』や『枕草子』や『和泉式部日記』といった一条朝で生まれた輝かしい文学作品を守ってゆきます。
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました 出典: 朝日新聞、2019年10月、京都市上京区、佐藤慈子撮影
たらればさん:そうした彰子さまの人生をふまえると、(自分は中関白家派であり定子さまや清少納言のファンではありますが)「この歌が誰に宛てたかを決める権利はそれぞれの読み手にあるだろうけど、それでも彰子さまに宛てたということにしておきたいなあ…」と思います。

ちなみに、一条帝(譲位して院)が亡くなった日、道長は『御堂関白記』で誤字を記しています。この『御堂関白記』は道長直筆のものが残っており、国宝・世界遺産に認定されているんですね。

道長が記したのは「廿二日、甲子、巳時、萌給」。この最後の2文字、正しくは「崩給(≒崩じ給ふ)」であり、このまま読むと「萌え給ふ」になってしまうわけで、個人的に日本文学史上もっとも面白い誤植(誤記)だと思っています。

水野:一条天皇が亡くなってつらい気持ちが、ちょっと和みました。

「枕草子」が守った定子さまのイメージ

水野:しかし、立て続けに重要人物が亡くなりますね…。

たらればさん:定子さまの兄、伊周も第39回「とだえぬ絆」のなかで、数え37歳で亡くなってしまいました。

水野:伊周を演じた三浦翔平さんの演技がすごかったですね。とにかく最後まで道長たちを呪いまくったキャラクターでした。

たらればさん:「光る君へ」で伊周をここまで敵役、やられ役に描くとは思っていなかったので、なんというか……かなり……複雑な気分です。史実ではこんなにのべつまくなしに道長たちを呪っていたわけがありませんし……。
水野:たとえば実資の書いた『小右記』には、道長の御嶽詣の際に、「伊周たちが呪っているというウワサが立っている」と書かれていたそうですね。やっぱり権力のない側は、身の潔白を証明するとかは難しいんでしょうか。

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たらればさん:現代のわたくしたちには想像しづらいことですが、1000年前の平安時代では、いまよりもずっと「因果応報」という発想が自然に根強く信じられていました。

つまり政治的に勝つ側は正しさや美しさや善性を備えていて、負けた側は正しさや美しさや善性が足りなかった、何か負けるなりの原因があったと考えられてしまう。

「愚かだった」だとか「悪だくみをしていた」だとか、「功徳を積めてなかった」だとか「病弱だった」とか、もっというと「精神的におかしかった」とか、そういう「要因」が後付けされてしまいがちです。

水野:そうか~。結果から、性格や能力まで評価されてしまうんですね。

たらればさん:だからこそ、清少納言の『枕草子』はすばらしいんです。

中関白家は政治的に負けたけれども、愚かだったわけではなかった、定子さまは賢く美しく、あそこにはたしかに「文明」があった、と綴って残したわけです。それがすばらしい作品として1000年残り続けることで、面目が保たれるんです。
車折神社にある、清少納言をまつった清少納言社=京都市
車折神社にある、清少納言をまつった清少納言社=京都市 出典: 水野梓撮影
水野:後の世で、定子さまが悪いイメージになってしまった可能性もあるわけですもんね。

たらればさん:そうなんです。偉大で強大な道長の邪魔をした愚かで弱くて悪いやつら、という描かれ方をされる可能性は常にあるわけで。それを阻み続けていることが、枕草子のすばらしさ、真価のひとつなんですよね。

道隆や伊周のことまで守ってあげられたらよかったんですけども……。

水野:う~ん、残念…。伊周の弟の隆家は、道長たちともうまくコミュニケーションして、うまくやるんですもんねぇ…。

たらればさん:清少納言ファンであるわたくしの、伊周への思いって複雑なんですよね……。

「きみがもう少ししっかりしていれば…定子さまはあんなことには……」と思ってしまうけれど、ドラマや小説であまりに悪く描かれると「それはないんじゃないの?」という…。「伊周兄さんに文句を言っていいのはおれたちだけなんだよ!」という大変めんどうくさい気持ちがあります(苦笑)。

水野:(笑)。
水野:わたしはドラマの中で、隆家の送った「あの世で栄華を極めなされませ」という弔いの言葉がすごく響きました。「呪い」にとらわれたお兄ちゃんのことも受け止めた上でのメッセージだなぁ、と。

たらればさん:そうですねぇ……。とはいえ、最後まであんなに救いのないまま敵役に描かなくても……。

伊周があれだけ呪いをやっていたとしたら、きっと道長もがんがんやっていたはずだろ、ということだけは言いたいです(笑)。
◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。
次回のたらればさんとのスペースは、11月17日21時~に開催します。

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