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#28 大河ドラマ「光る君へ」たらればさんに聞く

紫式部の弟・惟規の死…日記につづられた「お前が男だったら」の言葉

紫式部が『源氏物語』を着想したという逸話が残っている石山寺の「源氏の間」=滋賀県大津市
紫式部が『源氏物語』を着想したという逸話が残っている石山寺の「源氏の間」=滋賀県大津市 出典: 水野梓撮影

目次

大河ドラマ「光る君へ」で、姉・まひろ(後の紫式部)をたびたびサポートしてきた弟・惟規(のぶのり)が亡くなり、SNSでも悲しみの声が広がりました。平安文学を愛する編集者・たらればさんは「身近な人をたくさん亡くした紫式部。それは作品にも影響している」と話します。(withnews編集部・水野梓)

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解像度が上がると「1.2倍傷つく」

withnews編集長・水野梓:大河ドラマ「光る君へ」の第39回「とだえぬ絆」で、まひろ(吉高由里子さん)の弟・惟規(高杉真宙さん)が亡くなってしまいました……。

父・為時の任地である越後へついていって、寛弘八年(西暦1011年)に亡くなったというのは史実で分かっていたことでしたが、う、う、受け止められません……。

たらればさん:紫式部の兄弟・藤原惟規には、紫式部の兄説と弟説とあるんですけど、ドラマでは弟でしたね。惟規の存在をここまで丁寧に描くとは思っていませんでした。

『光る君へ』というドラマは道長とまひろの物語であり、道長の人生も兄弟姉妹との関係が鍵になりますから、それと対比させたかったんでしょうね。見事な演出でした。
水野:まひろが行き詰まると、励ましてくれたり助言をくれたり。リスナーさんから「まひろ家の『光る君』でしたね」というコメントをいただきましたが、わたしにとってもそうでした(涙)。

たらればさん:この時代や登場人物の解像度が高いと、「あ、この人は何年に死ぬな」だとか「この人との関係はもうすぐ終わるな」というのが分かって、それでドラマの中のセリフや表現が「これは布石だな」だとか「あ、伏線が張られたな」っていうのも分かるわけじゃないですか。

そうすると、世界観への解像度が上がって、もちろん面白みも増しますが、1.2倍ぐらい傷つくんだな、って思います。いや~…ここまで丁寧に描いて、本当に念入りに殺す脚本なんだなぁ……って思います。

水野:念入りに殺す(笑)。ちょっと笑いました。

「男だったら」の呪い、まひろと惟規は…

水野:ちょっと気難しくてさまざまなことに思いをめぐらせてしまう姉まひろと、屈託がなくて明るい惟規。性格が全く違うふたりでしたよね。

たらればさん:紫式部は『紫式部日記』で、父・為時が惟規に漢文を教えている様子を横から聞いて、その漢文をすっかり覚えてしまい、父から「なんて残念なことだ。お前が男子ならばよかったのに」と言われたと記しています。

これって結構な「呪い」じゃないですか。兄弟より勉強ができたのに、「男だったら」と言われてしまうのって。紫式部が陰気な性格だったことや、それを形成する原因のひとつだとも言われています。

本来この呪いは惟規にも効いていたと思うんです。だって男の自分がいるのに実父が実姉に「おまえが男だったら」って、あんまりじゃないですか。立場がない。
紫式部の邸宅跡とされる、京都・廬山寺の境内にある源氏庭
紫式部の邸宅跡とされる、京都・廬山寺の境内にある源氏庭 出典: 水野梓撮影
たらればさん:ドラマでは、それを克服するため、父・為時に「おまえが女でよかった」と言わせて「陽」のエピソードに変換していますよね。この歴史改変(演出)には「惟規」というキャラクターが必要だったんだろうなと思いました。もしも紫式部の兄弟が「男の俺が俺が」と出しゃばる性格だったら、こうはならなかったわけですし。

水野:「都に帰りたい」という惟規の辞世の歌が胸に響きました。最後の文字が書けなかったというのは、実際にそうだったのでしょうか。
「都にも 恋しき人の 多かれば なほこのたびは いかむとぞ思ふ」

<たらればさん訳/都(京)に恋しい人がたくさんいるので、なんとかこの危機を乗り越えて帰りたい>
たらればさん:『今昔物語集』だったと思うんですが、最後の「思ふ」の「ふ」が書けずに、父が書き足したと言われていますね。

亡くなったのがそれぐらい急だった、無念だった、というエピソードなんですよね。為時にとっては、妻を亡くしてからも大切に育てた、優秀で自慢の息子だったと思います。

水野:ドラマでは残した歌が都に届いていますが、父・為時が何度もそれを見て涙で濡らしてしまったため、失われてしまったというお話もあるそうですね。

それにしても…自分の子どもを看取らなきゃいけなかった為時もつらかったでしょうね…。

たらればさん:紫式部の人生を振り返ると、通説では身近な人がどんどん亡くなったと言われています。お姉さんがいたと言われていますが亡くなっていますし、幼い頃に母も、親しく付き合って「姉代わり」と呼んでいた幼馴染も、結婚したばかりの夫も、それに続いて弟まで亡くしたわけです。

『源氏物語』という作品は、光源氏の身近な誰かが亡くなることで物語が動いていきますし、「死」に関する解像度の高さが、『源氏物語』からも『紫式部集』の歌からも伝わってきます。

そこには、「悲しくてもつらくても、人は生きていくんだ」という哲学があると思います。

愛する人は突然死んでしまうことがあるし、この世でこんなに悲しいことはほかにないけれど、それでもやっぱりお腹はすくし、眠くなるし、朝は目が覚めるし…わたしは生きている…生かされている…、という無常観ですね。
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました 出典: 朝日新聞、2019年10月、京都市上京区、佐藤慈子撮影
水野:惟規の死をきっかけに、仲違いしていたまひろと、娘の賢子(かたこ)の距離が近づきましたよね。これにも泣けました。

惟規は本当に大事なキャラクターだったので…次回から誰に癒やしを求めれば……実資(ロバート秋山さん)でしょうか。

たらればさん:あ、実資はめっちゃ長生きするので、思う存分、推していただいて大丈夫です(笑)。

一族の命運をかけた政争 ドラマでも「闇落ち」

たらればさん:これまで出世欲もないように描かれていた藤原道長(柄本佑さん)ですが、このあたりにきて、ちゃんと(ちゃんと?)闇落ちしてきましたね。

水野:確かに、感じました。周囲に「自分の目の黒いうちに孫が帝になるところが見たい」と言うとか…。

たらればさん:ドラマではすでに道長が揺るぎない権力を持っているように思ってしまいますが、史実ではこの頃(西暦1011年頃)の道長の権力基盤は、それほど万全でもないんですよ。

今の一条天皇(塩野瑛久さん)は、弟の道長をかわいがってくれた姉の詮子(せんし)さまの子どもですが、この時点で後ろ盾だった詮子さまは亡くなっていますし、もちろん父・兼家ももういません。

今回(第39回「とだえぬ絆」)で伊周(三浦翔平さん)が満37歳で亡くなりましたが、もしこの時点で伊周が健康で、一条天皇や第一皇子である敦康親王、周囲の公卿たちとの関係がうまくいっていれば、権力はどう転ぶかは分からなかったわけです。
水野:なるほど……。なので、伊周の弟の隆家(竜星涼さん)が、残された敦康親王(一条天皇の長男で、定子さまの息子)の後見になると言いにきたとき、道長はすごく怖い顔をしていたわけですね…。それを感じ取った隆家も「それでも左大臣さまに仕える」とわざわざ伝えていました。

たらればさん:当時を生きていた人たちにとっては、一族の命運をかけた政争だったわけで、そうとう切羽詰まっていたと思います。これから、より政争が激しくなっていきますよ。

水野:まずは、一条天皇が譲位して次の天皇(三条天皇)が決まって、そこで次の皇太子である東宮を決めるんですよね。順当にいけば、一条天皇の長男にあたる敦康のはずですが、道長は彰子さまの実子で自分の孫である敦成(あつひら)を東宮にしたい、と。

帝の思いをくみたい彰子さまは、敦康を東宮にするべきだと言うんですよね。次の予告で、道長に対して激怒していたので、バトルが始まるんだなと思いました。

たらればさん:それはもう激怒してもらうしかありません。
紫式部が源氏物語の着想を得たという「石山寺」の紫式部像=滋賀県大津市
紫式部が源氏物語の着想を得たという「石山寺」の紫式部像=滋賀県大津市 出典: 水野梓撮影
たらればさん:たとえば『源氏物語』で帝の子どもである光源氏は幼少期に臣籍降下していますが、そうは言っても光源氏は「二の君」、次男です。母(桐壺更衣)の身分も低い。だから「政争に巻き込みたくないので皇統争いから降ろす」という意向に説得力が出る。

一方、一条帝の正式な妻である皇后・定子さまから生まれた長男の敦康親王が、健康に問題があるわけでもないのに東宮にならない、というのは、当時の常識では「ありえないこと」です。それを道長はやろうとしている。

水野:ドラマの中では、「民のために社会をよくしたい」という大義を見失っていることに、道長が無自覚のように感じられます。今後はどのように描かれるんでしょうね……。

たらればさん:史実の道長は、一条天皇の次に天皇になる三条天皇(現在の居貞親王)への「当たり」もエグかったんですよね。三条帝がいる限り、自分の孫は天皇になれないわけなので。ここから闇落ち道長がアクセル全開になっていくはずです。震えて待ちましょう。
◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。
次回のたらればさんとのスペースは、11月17日21時~に開催します。
たらればさんが、朝日カルチャーセンターの講座『「枕草子」の煌めく世界―紫式部を鏡として』に登壇します。
『新訂 枕草子』の著者・河添房江さん、津島知明さんに、清少納言や「枕草子」のあれこれを聞いて深掘りします。

日時:10月26日(土)13時~

申し込みはこちら(https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7394695)から。

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