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朝ドラ「虎に翼」が法曹界でも絶賛されたワケ 「昔話ではないから」
9月末に完結する、NHKの連続テレビ小説「虎に翼」。日本初の女性弁護士のひとりで、裁判官としても活躍した三淵嘉子さんをモデルにした主人公「猪爪寅子」が、戦前戦後の日本を舞台に奮闘します。このドラマが法曹界でも高く評価されたのは、今もドラマが描き出した「壁」が残っているから――。令和を生きる女性弁護士はそう指摘します。日本弁護士連合会(日弁連)で導入した「壁」を打ち破る〝秘策〟の例や、ドラマの描き方から日本の現在地を振り返ってもらいました。(聞き手・朝日新聞記者、山本逸生)
話を聞いたのは、女性や性的少数者の権利擁護に取り組む佐藤倫子弁護士(49)=香川県弁護士会=です。「寅子が直面する壁は、残念ながら昔話ではありません。だからこそ多くの人に響いたのではないでしょうか」と語ります。
このドラマにのめり込んだのは、個人的に寅子の境遇に共感する部分が多かったからです。
寅子は母や教師から「女性が法律を学ぶだなんてお嫁に行けなくなる」と止められましたが、法学者の穂高重親から「君こそ必要な人材だ」と誘われ、明律大女子部法科の2期生になりました。
私も大学法学部に入ったとき、教員の男性弁護士から「法学部に入るなんて、見合いの口がなくなったな」と言われたんです。一方で、穂高先生のように「君は法律家に向いている」と背中を押した先生もいました。そんな経験が寅子に重なり、心をわしづかみにされました。
まさか点数を操作して意図的に差別をしているとは。ショックでした。
「虎に翼」では、寅子の女子部の先輩である久保田聡子が弁護士資格を得るための試験で、女性として初めて1次の筆記試験を通過しましたが、2次の口述試験で落ち、女子部のみんなに「力不足だった」と謝る場面がありました。
久保田が女性だから落とされたのか。真相はわかりません。しかし、現代でさえあった不正入試に照らせば、女性受験者に対し、面接官に偏見があったことは容易に想像がつきます。
医学部の不正入試問題で、受験生の女性たちは「勉強だけは裏切らない」と信じて努力し、落ちた後もドラマの久保田と同じように「自分が至らなかった」と自らを責めていました。寅子の時代から変わっていません。
《寅子は試験合格後の祝賀会で「男か女かでふるいにかけられない社会を願う」とスピーチ。その後、戦争で夫の佐田優三を失う。終戦後、思い出の川辺で、新たに公布される日本国憲法を新聞で読む》
このシーンは特に印象に残っています。
寅子が新憲法を読んだ瞬間、亡くなった優三が寅子の隣に現れます。そして「僕のためにトラちゃんができるのは、トラちゃんの好きに生きること」との言葉を思い出して涙します。
頑張らなくていい。そのまんまでいいーー。優三のこの言葉は、個人の尊厳と幸福追求権を保障するという日本国憲法の本質を語っています。寅子にとっては、優三が日本国憲法として生まれ変わり、帰ってきてくれた。そんなシーンだったと思います。
この作品が画期的なのは、差別される女性や在日コリアン、性的少数者らを描き、その痛みに光を当てている点です。「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない」という14条の条文を友人たちは体現していたんですね。
このドラマはすべての個人の尊厳を描いています。
例えば、寅子の弟の直明は「一家の大黒柱にならないと」と大学の進学を諦めようとします。でも寅子は「男だからってあなたが全部背負わなくていい」と進学を勧めます。「男らしさ」に縛られている「男性の解放」も訴えていますよね。
《寅子は戦後、裁判官となり、裁判官の星航一との再婚を考える中で、夫婦同姓を義務づける法律に疑問を抱くようになる》
私自身、結婚して戸籍上の名字は変わりましたが、弁護士としては旧姓の佐藤で活動しています。強いこだわりはないと思っていましたが、実際に名字が変わってみると、やはり私は「佐藤倫子」でいたかったとわかりました。
夫婦同姓の問題は姓を変えなければならない側だけの問題ではありません。ドラマの中でも描かれていますが、相手の名字を変えさせた側も、「(改姓したくなかった)相手を傷つけた」という罪悪感を抱えて生きることになります。
寅子が名字について悩み悪夢にうなされると、おいの直治に「まさか名字のこと?」と笑われます。それを「笑うな」と制止するのは直治の兄で、法律を学ぶ直人。「合意できないことはのみ込まなくていい。両性の平等と個人の尊厳は憲法で保障されているんだから」と。
もう1人、法学部時代の同級生で弁護士になった山田よねも「わがままなんかじゃない。当然の権利だ」と背中を押してくれます。多くの人が「ささいなこと」と笑ったとしても、憲法や法律の理念に基づき、「あなたの思いは大切です」と寄り添うこと。それが法律を学んだ人の役割だと思いました。
日弁連の男女共同参画推進本部のメンバーとして、説明のため各地を回りました。反対も多く、「女性にゲタを履かせるのか」などと言われました。でも、実際に導入されて日弁連内の雰囲気は変わりました。私自身、会議の場に女性役員がいることで発言しやすくなったと感じます。
「虎に翼」でも男子学生たちが寅子たちと接することで、自らの無意識の偏見に気付き、変わっていきます。日弁連の男性役員も、女性役員の存在があることで、学び、変革していったと思います。
寅子は当初、法律は「守るべき水源のようなもの」と感じていました。しかし、憲法が変わっても残り続ける不平等を前に、「水源は法律ではなく、人権や人の尊厳なのではないか」とも語ります。
法律を形式的に守ることだけを考えて、法が守ろうとしている根本の権利を見失えば意味がありません。個人の尊厳こそが最も重要で守られるべき水源だということを寅子は学んだのですね。
これほど憲法をど真ん中に描いたドラマを私は見たことがありません。どんなエンディングへと向かっていくのか、楽しみです。
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