保育園に残る“謎ルール”には、ニュースで大きく扱われた社会課題でありながら、親になるまで実感がなかったものも。その一つが、数年前まで全国の公立保育園の4割で行われていたという「使用済のおむつの持ち帰り」です。それまで当たり前だった負担が、当事者が声を上げたことにより、近年、劇的に改善されつつあることを知りました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
2歳の子どもが保育園に通う私の家では、基本的にシフト勤務で朝の早い妻が送りを担当し、時間の都合が比較的つけやすい私が迎えを担当しています。
夕方、まだ遊び足りないのか、園の教室から玄関まで連れてきても、廊下を逆走して戻ろうとする我が子。イヤイヤ期も始まり、「帰ろう」と言ってもなかなか聞きません。
すると、そこに通りかかった保育士さんが「XX(うちの子の愛称)のお靴、先生にも見せてよ」「きっといい感じなんでしょ?」とフランクに声をかけてくれました。それには「うん!」と素直に応え、玄関に戻る我が子。プロはすごいとあらためて思わされる一幕でした。
そんな保育士さんとは帰りに雑談をする場合もあります。ある日、「以前はおむつを持ち帰る保育園も多かったので、お迎えは大変だったんですよ」と教えてもらいました。
たしかに1、2年前、そんなニュースを見かけたような。しかし、自分が子育てをするようになった今となっては……使用済のおむつを? その場で捨てずに? 帰りに親がまとめて“持ち帰る”? 頭に疑問符が並びます。
使用済のおむつはうちの子の場合で500~600gになり、家でのゴミ出しも大変です。一日に複数回分を毎日となると、持ち帰る物理的な負担は大きいことでしょう。それを持って「帰りに買い物に寄る」などもしづらくなるはずです。どうして、そんなことになっていたのでしょうか。
ニュースになるまで知らなかったことですが、特に公立の保育園では、おむつを持ち帰りさせるところが多くありました。有名な調査が、BABY JOB株式会社(大阪市)が運営する「保育園からおむつの持ち帰りをなくす会」が、公立保育施設がある全国の市区町村の保育課に対して行っているものです。
この調査では「公立保育施設で使用済みおむつを保護者に持ち帰らせているか」を電話で質問。おむつの持ち帰りをさせていたのは、2022年は調査対象の1461自治体のうち39.4%、23年は1452自治体の28.2%、24年は1427自治体の7.9%でした。
24年にはこの調査で持ち帰り率が0だった都道府県でも、例えば22年時点で滋賀県は約90%が、福井や香川県でも6割以上が持ち帰りだったなど、多くの施設で使用済のおむつを持ち帰っていたことがわかります。
24年の調査では、113の市町村が「2024年4月時点ではおむつは持ち帰り」と回答していますが、そのうち約半数は「今後おむつ持ち帰りをやめる予定・検討中」だと回答しています。
23年1月に厚生労働大臣から各市区町村に「園内でおむつを処分することを推奨する」通達が出されたこともあり、この数年で大きく変化しています。また、私立の保育園は、園でおむつを処分する施設も多かったということです。
もともと保育士や園の負担も大きいシステムでした。朝日新聞の調べでは、ある園では、園児の人数分のバケツをトイレに並べ、おむつ交換のたびにそれぞれ保管し、退園前に袋に包んで手提げバッグに入れる作業をしていたということです。細心の注意を払っていても、入れ違えが起きることもあったと言います。
気になったのが同調査のおむつを持ち帰りにする理由で、今もそうしている施設は「子どもの体調管理」が45.1%でもっとも多く、次が「ずっとそうしてきた」の25.7%、「ごみ保管・回収の手配が難しい」20.4%、「予算がつかない」16.8%でした。
体調管理について言えば、夕方に迎えにいって以降、時間の経ったおむつを開いて中身を確認するというのは、普段のゴミ捨ての時、おむつを袋に入れてどんなにきっちり縛っても漏れてくるにおいから想像するだけでもしんどそうです。
それよりは、おむつ替えを担当してくれる保育士さんから、何か異変があったときにフィードバックをもらえる方が合理的でしょう。
現在でも全国で約8%の公立保育園では持ち帰りが続いているということで、その苦労は察するに余りあります。また、利用者側としては同じ認可保育園なら保育料は変わらないわけで、公立と私立でおむつの扱いに差があるのも納得しにくいでしょう。
前述の厚生労働大臣の通知の前には、同会がオンライン署名サイトで1万6000人以上の署名を集め、当時の加藤勝信厚生労働大臣に署名と要望書の提出をしていました。あらためて痛感したのは、自分が親になるまで、ニュースに接していても、その社会課題の重みが、実感を伴ってはいなかったことです。
おむつの持ち帰りは、当事者の先人たちが声を上げて社会課題への取り組みが前進していることを示す、好例だと言えます。