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バスの運転士「補聴器を使用しています」 貼り紙に届いた〝エール〟

「ゆっくり・はっきり」

寺井大樹さんのバスの運転席横に掲示された貼り紙=寺井さん提供
寺井大樹さんのバスの運転席横に掲示された貼り紙=寺井さん提供 出典: 寺井さんのXアカウントより(@Springswift50K)

目次

「このバスの運転士は補聴器を使用して業務しています」
そんな運転席の横に貼ったお知らせを紹介したSNS投稿が話題となり、多くの応援コメントがつきました。投稿したのは、聴覚障害のある27歳のバス運転士です。勤務先のバス会社にとっては初となる障害のある運転士の雇用。共に働くための工夫について聞きました。

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「ゆっくり・はっきり」でコミュニケーション

バスの運転士の寺井大樹さん(27)は生まれつき両耳が聞こえず、右耳に人工内耳を装着しています。

モータースポーツが趣味の寺井さんは、ライセンスを取得し21歳の頃から鈴鹿サーキットなどで運転技術を磨いてきました。その頃から愛知県で自動車製造の仕事に従事していましたが、今年になり、地元の静岡・御殿場市に戻ることを決めました。

引き続き車に関わる仕事をしたいと考え、運転士を募集していた富士急モビリティ(本社・御殿場市)に応募しました。

《バスの運転士になるには、第二種運転免許(二種免許)が必要ですが、2016年4月からは、一定の基準に合格すれば聴覚障害者も二種免許を取得することができるようになりました》

管理部長の桑原圭志さんは、「運転士不足の中、寺井さんから応募がありました。面接の際には自分の障害の説明をしてくれ、『ゆっくり・はっきり話してもらえたら問題ないです』と伝えてくれました」と振り返ります。

運転席に座る寺井大樹さん=富士急モビリティ提供
運転席に座る寺井大樹さん=富士急モビリティ提供

「つらい思いをするかも…」に「大丈夫です」

「ゆっくり・はっきり」を意識して面接を進めると、「キャッチボールには全く問題を感じなかった」と採用を検討し始めました。

しかし初の聴覚障害のある運転士の雇用となり、懸念点もあったそうです。
最も桑原さんが気がかりだったのは「お客様とのコミュニケーション」。「やりとりがうまくいかず、お叱りを受けることもあるかも知れない」と懸念、寺井さんへ「つらい思いをするかもしれないよ」と尋ねたそうです。

寺井さんは桑原さんの目を見て「大丈夫です」ときっぱり。その姿を見て「採用を進めてみよう」と考えたといいます。


同社では二種免許取得のための支援制度を整えていて採用後の取得もできますが、実際に寺井さんが取得できるかどうかも心配でした。

事前に運転免許センターへ相談し、寺井さん本人に適性検査を受けてもらいました。

二種免許取得のための聴力の基準に問題ないことがわかり、免許取得に向けて動き出したといいます。

応援コメントが続々

寺井さんは免許を取得し、研修期間を経て8月に「独り立ち」を果たしました。その際の、Xへの投稿が大きな話題を呼びました。

ポストには「いよいよ独り立ちです。不安ですが頑張ります」という文言とともに、バスの車内に貼られた一枚の紙の画像を添えました。

貼り紙にはこう書かれています。

【お知らせ】
このバスの運転士は補聴器を使用して業務しています
恐れ入りますが、御用の際はゆっくり・はっきりお話しください
ご協力のほどよろしくお願いいたします

この投稿は44万の「いいね」を集め、3千以上のコメントが寄せられました。

「きっとあなたが運転する後ろ姿で勇気や希望を与えてもらえる人はたくさんいると思います」
「みんなそれぞれできることをやって、社会は成り立っていると思います」
「きっと大丈夫です」――。

なかには、同じように障害のある当事者や家族からの励ましのメッセージもありました。

担当の路線には外国人観光客

ここまで話題になったことについて、寺井さんは「聴覚障害者で路線バスの運転をしている人は珍しいので、反響はあるような気がしていましたが、ここまでとは思わなかった」と驚きます。

「投稿に対して『勇気をもらった』というコメントがうれしかった」と語ります。

この貼り紙のアイデアは、すでに他社でバス運転士として働いている聴覚障害者のインタビューを参考にしたもの。その運転手は、車内の貼り紙で乗客に自身の障害を知らせていたといいます。

一方、貼り紙をしていても、乗客からはあまり反応がないのが実際のところだといいます。
寺井さんが乗務する路線には、御殿場と河口湖を結ぶ路線バスもあり、乗客のほとんどは観光に来た外国人なのだそう。

桑原さんは「英語の表記もつけないといけないねと話しているところです」。

さらに、寺井さんが人工内耳を付けているのは右耳。通路から運転席を見たときに最初に目に付くのは左耳のため、寺井さんは「おそらく障害があることがわかりにくいのだと思います」と話します。

運転席に座る寺井大樹さん。右耳に人工内耳を装着している=富士急モビリティ提供
運転席に座る寺井大樹さん。右耳に人工内耳を装着している=富士急モビリティ提供

ランプの位置、無線…工夫の声が社内から

研修期間含め、寺井さんが実際にバス運転士として働いてみると、環境整備が必要なところもいくつも出てきたといいます。

また、降車ボタンが押された時に点灯する運転席のランプの位置です。
桑原さんによると、ランプは運転席に座った運転士の、視界の左隅にあります。
通常は「ピンポン」のチャイム音とランプの点灯で乗客の降車を確認しますが、チャイム音は車両の走行音や、周囲の音にかき消されてしまう時があります。そのため、寺井さんが使用する車両では、ランプの位置をより視界に入りやすい中央部にずらしたといいます。

次に、無線での連絡です。「無線は雑音が入り、聞き取りにくい」と寺井さんは言います。

営業所から無線で連絡をする運行管理者が、「ゆっくり・はっきり」話すよう努めましたが、それでも聞き取りにくいこともあったといいます。

この課題に対し、寺井さんからはスマホを携帯する提案がありましたが、「職場の規程上、許可できなかった」(桑原さん)。

そこで、携帯型IP無線機を準備しているといいます。IP無線機は通常の無線機よりクリアに音声が聞こえ、メッセージを送る機能もついていて、急ぎの連絡でなければ、終点にたどりついた後に文字で確認することもできるためです。

寺井さんが働きやすい環境にするための改善方法は「社員から自主的に声が上がるものがほとんどだった」と桑原さん。様々な職業を経験し、考え方も多様な人が多い職場だといいますが、「新しい仲間である寺井さんをサポートしようと、自然に声があがったのがとてもよかったなと思っています」。

「聴覚障害者もバス運転士できる」

独り立ちから1カ月ほどが過ぎようとしていますが、今のところトラブルはないという寺井さん。

桑原さんは「がんばっているし、うまくやっているなとホッとしています」と話します。

「投稿のコメントには『聞こえなかったら何回聞き直してもいいんだよ』といった温かい言葉もありました。そのような気持ちで見守っていただけていることに、安心しました」

寺井さんは「海外のお客さんから、わざわざ日本語で『ありがとう』と感謝を伝えてもらったりしたときにやりがいを感じる」そうで、聞き取れないことがあったときには何度か聞き返し、料金や目的地の案内ができているといいます。

「聴覚障害者でもバス運転士ができるということを多くの人に知ってほしい」という寺井さん。「バスで地域の足を支えたいです」と語ります。

「路線バスの維持」に必要なこと

後日、バスの運転士不足や利用者減に伴う路線廃止などについて危機感を感じているという桑原さんから、こんなコメントをいただきました。

バスの運転士は数を減らす一方、お客様がバス会社に求めるレベルは年々高まっております。
「週5日利用したが、毎日5分以上遅れて、電車に間に合わなかった」
「運転士さんから、時間に間に合わせようとする努力が感じられなかった」

バスは鉄道に比べて定時性が低い乗り物です。
バスの前をゆっくりした車が走っていたり、乗り降りに時間が必要なお客様がいたり、
運転士がお客様との会話に少し手間取ったりすれば、遅れが出ることもあるかもしれません。
そんな中でもみなさまが少し心にゆとりを持って、寛容な気持ちでバスをご利用いただければ、もっとたくさんのバス運転士が生まれ、より多く路線バスの運行を維持できるかもしれません。バス会社としても、あらゆる面から企業努力を続けて参ります。

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