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連載

#22 大河ドラマ「光る君へ」たらればさんに聞く

大量の紙が必要だった「源氏物語」執筆 清書用だけで2355枚も?

紫式部の邸宅跡とされる廬山寺にある紫式部像=京都市上京区、水野梓撮影
紫式部の邸宅跡とされる廬山寺にある紫式部像=京都市上京区、水野梓撮影

紫式部を主人公とした大河ドラマ「光る君へ」。道長が贈った越前和紙に、まひろが『源氏物語』を記したり、修正したりするシーンも盛り込まれています。あれだけの長編物語を描くには、どれだけの紙が必要だったのか…。平安文学を愛する編集者・たらればさんと語り合いました。(withnews編集部・水野梓)

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大量の紙が必要だった『源氏物語』執筆

withnews編集長・水野梓:最新回では、藤原道長(柄本佑さん)からの依頼を受けて彰子さま(見上愛さん)のもとにまひろ(吉高由里子さん)が出仕していきました。そして道長を導いてきた安倍晴明(ユースケサンタマリアさん)が没しましたね。

たらればさん:安倍晴明が死去したのは寛弘2年(西暦1005年)9月のことですね。

紫式部の出仕については、同年12月という説があります。3年後の西暦1008年秋頃には彰子さまのところで働いていて『紫式部日記』を書き始めていますね。
京都市上京区晴明町にある晴明神社
京都市上京区晴明町にある晴明神社 出典: 水野梓撮影
水野:今後、『源氏物語』の続きを読むため、彰子さまのもとに一条帝が通って仲良くなって、皇子が生まれるはず…ですもんね。

たらればさん:紫式部日記によると、紫式部は第一子出産直後に彰子さまと『源氏物語』の写本づくりをしています。そこに道長が筆や硯を差し入れる。

私は「世界最古の同人誌づくり描写」だと考えているんですが(笑)、後宮でせっせとつくるわけですよ、コピー本を。そして一条天皇に差し上げる……このくだり、『光る君へ』でぜひ取り上げてほしいです。

水野:大河ドラマでは、「物語を書きたい」というまひろが、道長に紙を送ってほしいと頼んでいましたよね。源氏物語の執筆に必要な紙の量ってどのぐらいだったのでしょうか。

たらればさん:歴史学者で『光る君へ』の時代考証も務める倉本一宏先生の『紫式部と藤原道長 (講談社現代新書)』によると、
<『源氏物語』は全編五四巻で、数え方にもよるが九四万三一三五字である(改行は考慮に入れていない)。これを記すためには六一七枚の料紙が必要となる。内訳は、「桐壺」巻から「藤裏葉」巻までの第一部が四三万九四六五字で二九一枚、そのうち a系だけで一六五枚、「若菜上」巻から「幻」巻までの第二部が一九万三八五一字で一二五枚、「匂兵部卿」巻から「夢の浮橋」巻までの第三部が三〇万九八一九字で二〇一枚である。>
つまり、清書用だけで617枚。

倉本一宏著:紫式部と藤原道長 (講談社現代新書)

そのあと倉本先生が引用RTしてくれていて、一枚の紙を袋とじにして、表だけに400文字を書いたら2355枚が必要と補足していただきました。

残った作品が『源氏物語』や『枕草子』

たらればさん:史実というか一般的な理解では、(彰子後宮よりも先に)まず清少納言もいた定子後宮の文学サロンがありました。そこが内裏の文化的な流行を築き、一条帝を魅了したと言われています。

そうした道長の兄・藤原道隆(井浦新さん)と高階貴子(板谷由夏さん)の手法を、弟である道長もまねて、彰子後宮に紫式部・赤染衛門・和泉式部・伊勢大輔などを呼んで、サロンを作ったと言われていますよね。

今回の大河ドラマでの道長は、まひろの『源氏物語』で帝を一本釣りです。「そんなこと、できるのかな……」という気がしないではありません(笑)。
水野:まひろの才を信じてないとできないですよね。ハマらなかったら大変なことになるわけですから…。

たらればさん:一条天皇が作品にハマらないこともありえますからね。

それに、一般的に『源氏物語』って紫式部の初めての作品だといわれているんですが、本作では、そうではなく、燃えちゃった前作「カササギ語り」があるというストーリーになっていますよね。

「それ」が『源氏物語』の習作なのだとしたら、読みたかったなあ…と思います。

水野:読みたかったですよね。母が執筆に夢中になっているからと娘の賢子が燃やしてしまって…。賢子~~~!!

たらればさん:8月28日にNHK総合で放送された「歴史探偵 光る君へコラボスペシャル2 源氏物語」において、歴史学者・倉本先生が、「源氏物語が話題になって、それから道長が紫式部へ続きを依頼したのではなく、最初から一条帝へ献上するために、道長が紫式部へ書くよう依頼したのだとわたしは考えています(そうでないと「紙の供給」の説明がつかないから)」という趣旨の解説を述べられました。

大変刺激的で興味深い論考であり、今後の『源氏物語』起筆論に大きな影響を与えるお話だと思うので、ここに付記します。
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました 出典: 朝日新聞、2019年10月、京都市上京区、佐藤慈子撮影
たらればさん:今残っているのがたまたま『源氏物語』、『枕草子』であって、我々が知らないだけで紫式部や清少納言が書いた、面白くていい作品があったんだとしたら、考えさせられますよね。

水野:「当時もてはやされた物語のなんと多くが散逸してしまっていることか」と木村朗子さんの『平安貴族サバイバル』(笠間書院)でも指摘されていました。

木村朗子著:平安貴族サバイバル(笠間書院)

『枕草子』の物尽くしの段で、<物語は 住吉。宇津保。殿うつり。国譲はにくし。埋木。月待つ女。梅壺の大将。道心すすむる。松の枝。こまの物語は、古蝙蝠さがし出でて持て行きしがをかしきなり。ものうらやみの中将、宰相に子生ませて、かたみの衣などこひたるぞにくき。交野の少将>とあるなかで、今に伝わるのは『住吉物語』『うつほ物語』だけだという指摘でした。

『交野の少将』は『源氏物語』にも引用があるけれど、元の物語は残っていないということで……原文に忠実に写本を残そうとしていった藤原定家のすごさを改めて思いますね。

たらればさん:文化ってそういうものですからね。社会環境やそれぞれの時代に生きた読者たちが許したものしか残されない。一生懸命に残そう残そうと思っても、これしか残らなかったということなのだとも思います。

水野:『源氏物語』や『枕草子』は、政治的に重要な作品だったから、後ろ盾もあって残りやすかったという面はあるのでしょうか。

たらればさん:強い条件のひとつだと思います。藤原道長という、「平安中期最大の権力者にとって都合のいいものだった」という。『源氏物語』の創作論や受容史において重要な要素ですよね。

上級貴族のリアルな振る舞いは…

水野:今回、執筆にあたってまひろが道長に「帝のことを教えて」と話を聞いていましたが、紫式部も、まひろのように「取材」をしていたと思いますか?

たらればさん:それはもちろん、していたと思います。まひろのような下流~中流貴族は、特に帝だとか皇太子だとか、親王・内親王がどういう生活を送っていて、どういう思考パターンでどう振る舞うのか、というのは分からないので、説得力をもって描けるわけないんですよね。

たとえばいま、マンガ「ワンピース」の読者のなかに「海賊やっています」という人はいないと思うんですが(たぶん)、当時、『源氏物語』の読者には、同時代人として上級貴族の生活をリアルに知っている人がたくさんいたわけです。モデルとなった当事者さえいた。

たとえば藤壺と光源氏の密会のシーン。情事が終わった後に、女房が光源氏の服を集めて渡して「そろそろお帰りを」というような意味のセリフがあります。こういった所作や機微を、紫式部は知ることができないはずなので、道長が教えたんだろうなあと思います。

「光る君へ」でも、これからさらに取材して、リアリティをもって『源氏物語』をつづっていくんだろうな、と思いますね。

「桐壺」を帝へ…インパクト勝負?

水野:まひろが『源氏物語』を書き始めた回は、これまでのまひろの様々な経験がぎゅっと圧縮された上で、執筆のシーンにつながっていましたよね。

たらればさん:『源氏物語』が書き始められるここまで、「作品」というものは一朝一夕に出来るものではなく、いろんな経験を経て、やっと生まれるんだよ、という作品論・クリエイティブ論として丁寧でしたね。

創作の苦悩って誰でもありますよね。「紫式部だって大変だったんだから」って考えれば、私が大変なのもしょうがないかな、と思えるんじゃないでしょうか。

水野:『源氏物語』を書き始めるにあたって、まひろの上から色紙がハラハラと舞い降りてくるシーンは、これまでまひろがやりとりしてきた「ことば」が降り積もっている、ということなんでしょうね。
たらればさん:そうなんでしょうね。個人的には、本作はNHK大河ドラマ史上最も和歌や漢詩に重きを置かれたドラマだとは思いつつ、そのうえでさらに和歌や漢詩のやりとりをドラマのなかで描いてほしかったなぁとは思いました。

大河ドラマで当初、まひろは代筆屋をやっていましたよね。別人になりかわって歌を送り合ったり、手紙を代筆している。それもあの色紙に降り積もっているはずなので。

とはいえ、脚本の大石静さんはご自身のブログで「起筆のシーンは悩んだ」と書いてらっしゃいましたね。さまざまな考察や研究がある中で、どう書き出されたかをドラマで描くのって本当に大変だと思います。

水野:どう描いても何かは言われるでしょうしね…。

たらればさん:これは個人的な願望も大いに混じっているのですが、偉大な作品の起筆論、成立論、構想論を考える際に、大事な要素があると思っています。

それは「なんのためにそのこと(起筆論)を研究するのか」ということです。

起筆を考察するのは、作品世界がより豊かになるためだと思うんですよね。作者はどこから着想を得たのか、読者は受容するうえで「より深く」「より面白く」「楽しい」作品論が出てくるためだと考える必要がある。

もちろん単に「知りたいから」「楽しいから」「わくわくするから」でもいいのですが、せっかく考察や研究をするのだから、「その作品世界をより豊かにするため」であってほしいと思っています。

思い込みや決めつけで語るよりも、こういう解釈が出来ると、こっちの解釈はこうなるよね、というような、「新たな語り」を生み出すような考えが素敵ではないでしょうか。

水野:たしかにそうですね。
紫式部が源氏物語の着想を得たという「石山寺」の紫式部像=滋賀県大津市
紫式部が源氏物語の着想を得たという「石山寺」の紫式部像=滋賀県大津市 出典: 水野梓撮影
たらればさん:私自身は「紫式部は『源氏物語』を【桐壺】から書き始めた」とは思っていませんが(笑)、今回の大河ドラマで、まひろがさまざまな経験と交流を経て、「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶら給ひけるなかに、いとやんごとなき際にはあらぬがすぐれてときめき給ふありけり。」から起筆した……という描写は、それはそれでとても面白いし、ぜひいろんな議論のきっかけになってほしいと思います。

ワイワイ言うこと自体が、作品が豊かになることなので。いろんな論考が出るのはいいことだと思うし、「こう思う」「こうだったんじゃないか」と話し合えばいいんじゃないかと思います。
◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。
次回のたらればさんとのスペースは、9月15日21時~に開催します。

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