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連載

#3 「AED持ってきて」~20年のいま~

電車の中で心臓が止まった…性別関係なく「ためらわず助けてほしい」

女性ライターが経験したこと

いざというときには「紙」の情報が大事だと、熊本さんが持ち歩いている「救急ポーチ」。元宝塚の「推し」とともに、病状を記したメモや連絡先も入っています
いざというときには「紙」の情報が大事だと、熊本さんが持ち歩いている「救急ポーチ」。元宝塚の「推し」とともに、病状を記したメモや連絡先も入っています 出典: 熊本さん提供

目次

まさか自分の心臓が止まってしまうなんて――。5年前、山手線の車内で倒れた医療ライターの熊本美加さんは、乗客や駅員たちの救命処置のおかげで九死に一生を得ました。「心臓が止まるというのは一刻を争う状況。性別関係なく、ためらいなくAED(自動体外式除細動器)を使って助けてほしい」と呼びかけています。(withnews編集部・水野梓/河原夏季)

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座席からドサッと倒れ込み…心停止

「そのあたりの記憶はごっそりないんです。『無』という感じですね」

5年前の11月19日、仕事に向かおうと乗っていた山手線で突然倒れた、都内在住の医療ライター・熊本美加さん(57)は、当時をそう振り返ります。

電車の座席から前向きにドサッと倒れ込んだ熊本さん。向かいに座っていた会社員の女性がすぐに119番をしてくれましたが、このとき熊本さんの心臓は止まっていました。

後から助けてくれた人たちの話を聞いて整理していくと、自分が危機的な状況に陥っていたことが分かったそうです。

出典: 画像はイメージです Getty Images

2週間ほど前から胸の痛み「更年期症状かな」

「胸が苦しいな」という予兆とみられる症状は、2週間ほど前からあったそうです。

朝ドラ「おしん」の再放送を見ている早朝の時間帯に、胸の中央がじわじわっと痛くて苦しくなり、10分ほど横になっているとおさまることがありました。

「心臓の痛みだとは思いませんでした。仕事の疲れか、更年期症状かな、と思って、医療ライターにもかかわらず、病院を受診することはなく放置したのです」

「まさか、それが心臓停止に至る予兆とは思いもしませんでした。後から取材して、心臓に何か問題があるときは、ネクタイをしめた周辺の『ネクタイゾーン』や、左の腕や奥歯にも痛みが広がることがあると知りました」

AEDを4回作動 懸命な心臓マッサージで

乗客のひとりがSOSボタンを押して電車内の状況を伝えてくれたため、次に到着した浜松町駅で待機していた駅員たちが、熊本さんを駅のホームに運び出しました。

すぐにAEDのパッドを貼って4回作動させましたが、熊本さんの病状が重症だったため、心拍は戻りませんでした。

倒れてから20分後に救急隊が到着するまで、駅員たちが代わる代わる心臓マッサージを続けてくれたといいます。

都内の救命救急センターに運ばれて人工心肺につながれ、生死の境をさまよった熊本さん。診断は「冠攣縮性(かんれんしゅくせい)狭心症」という心臓の血管が狭くなる病気でした。

しかし、奇跡的に意識が戻って家族が喜んだのもつかの間、心停止の間に脳への酸素が滞った影響で高次脳機能障害となり、人格が変わっていたそうです。

意識を取り戻した熊本さん(右)。しかし高次脳機能障害のため、「何で入院させられているんだ」と感じていたそうです
意識を取り戻した熊本さん(右)。しかし高次脳機能障害のため、「何で入院させられているんだ」と感じていたそうです 出典: 熊本さん提供

「当初は『何で入院させられているんだ』という怒りと恐怖でいっぱいでした。自分の状況がつかめるようになったのは、リハビリ病院に移った後半ぐらいでした」と話します。

日常生活が送れるほどまで回復し、熊本さんが自宅に戻ったのは倒れてからおよそ70日後のことでした。

69万台のAED でも使用率は4%にとどまる

九死に一生を得た熊本さんは、医療ライターとしてAEDの使用を呼びかける記事も書いています。

AEDは、2024年7月に市民も使えるようになってから20年をむかえました。

日本には推計69万台のAEDがありますが、実際に目の前で人が倒れて使われたのは4%にとどまっています。

リハビリを経て、倒れてからおよそ70日後に自宅へ戻ったそうです
リハビリを経て、倒れてからおよそ70日後に自宅へ戻ったそうです 出典: 熊本さん提供

熊本さんは「心臓が止まってしまうのは一刻を争う状況。AEDがいくらたくさんあっても、使う人がいないと何の意味もないんです」と訴えます。

最初に119番してくれた女性に連絡をとり、会って感謝を伝えたところ、女性は「目の前で人が倒れたら、誰でも同じことをすると思います」と話したといいます。そんな人たちの迅速なアクションのおかげで命が助かった――。そう感じたそうです。

性別も年齢も関係なく、助けられるように

たびたびSNSでは、女性にAEDを使うことに「服を脱がせるのはセクハラにあたる」といった誤った言説が話題になります。男子生徒よりも女子生徒への使用率が低いといった高校現場の調査(2019年)もあります。

熊本さんの場合は、4人ほどの駅員が心肺蘇生にあたって、そのなかにはジェンダー配慮から女性駅員も配備されていました。心臓マッサージなど救命処置の現場は、迅速にブルーシートで周囲から目隠しする対応がされていました。

出典: 画像はイメージです Getty Images

熊本さんは「そういえばあの日に着ていたカットソーがないな、とだいぶたってから気づいたんです。妹に聞くと『裁断されていたよ』と言われました。AEDのパッドを貼るために一刻を争う状況を想像し、その適切な判断に改めて感服した」と言います。

「命が助かることに比べたら、すべては些細なこと。1分1秒の違いが命を左右します。目の前で誰かが倒れたときは、性別も年齢も関係なく、条件反射的に動いて助けられるように自分もありたいと思っています」と話します。

連絡先や病状を記したメモ入りの「救急ポーチ」

ひとり暮らしの熊本さんは、自身が倒れてからご近所づきあいを見直し、マンションの理事会に参加し、地域とつながるためにいろいろなコミュニティにも加わるようになったそうです。

「やっぱり遠くの親戚より近くの他人。お互いに助け合っています。あとは、自宅近くのAEDの場所はチェックしていますね」

高次脳機能障害の影響が残り、仕事への復帰の際は不安ばかりだったといいますが、積極的に自身の状況を共有したところ、「リハビリのため」と仕事を発注してくれる取引先もいたといいます。

また、倒れた時に「スマホのロック」で情報が得られなかったことから、連絡先や自身の病状などがすぐに分かるようなメモが入った「救急ポーチ」を持ち歩くようになりました。

熊本さんが持ち歩いている「救急ポーチ」
熊本さんが持ち歩いている「救急ポーチ」 出典: 熊本さん提供

また、「スマホはロックを解除しなくても見られる緊急情報を登録している」そうです。

退院して自宅に戻ってから2カ月後、薬をのんでも胸の痛みが消えずに救急車を呼んだ時、救急隊員にポーチのありかを知らせたところ、かかりつけの病院に連絡してくれ、スムーズな搬送につながったそうです。

「救急車を呼ぶ状態では思うようにしゃべれなくなっていました。こういうときに俯瞰で情報を伝えられるのはメモ書きが最強ベースだと、と実感した出来事です」

自分の大事な人が、どこかで倒れるかも

自身が倒れてから、「具合の悪そうな人がいないか」と周囲をよく見るようになったという熊本さん。1年ほど前には、電車内で突然倒れた男性がいたため、SOSボタンを押して救助にあたる一人になったといいます。

「電車や駅で困っている人は酔っ払いが多いんですけど(笑)、それでもお水を渡したりとか、座ってもらったりとか。自分が助けてもらってから、『一日一善』というか、恩返しのつもりで動くように意識しています」と熊本さん。

熊本さんが体験を記した著書「山手線で心肺停止!」。
熊本さんが体験を記した著書「山手線で心肺停止!」。 出典:「山手線で心肺停止! アラフィフ医療ライターが伝える予兆から社会復帰までのすべて」

日本では、年間2万9千人ほどが、誰かの目の前で倒れて心停止となっています。

「みなさんも、誰かの心臓が止まってしまった場面に出くわすこともあると思います。目の前の人は他人かもしれません。ですが、自分の大事な人がどこで倒れるか分からない。そんな時、誰にも助けてもらえなかったらと考えると辛い気持ちになりませんか。どうか『自分事』にしていただき、ためらわずに助けるひとりになってほしいです」

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