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#21 大河ドラマ「光る君へ」たらればさんに聞く

いづれの御時にか…「源氏物語」爆誕!どこから書き始めた?起筆論は

引接寺(千本閻魔堂)にある紫式部像と南北朝時代につくられた供養塔=2024年4月25日、京都市上京区、筒井次郎撮影
引接寺(千本閻魔堂)にある紫式部像と南北朝時代につくられた供養塔=2024年4月25日、京都市上京区、筒井次郎撮影

「いづれの御時にか……」の書き出しでも有名な、紫式部の源氏物語。大河ドラマ「光る君へ」では、ついにまひろが源氏物語の執筆を始めました。実際には、どこから書き始められたかは分かっているのでしょうか。平安文学を愛する編集者・たらればさんと、ドラマの描き方を語り合いました。(withnews編集部・水野梓)

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「どこから書き始めたか」は分かっている?

withnews編集長・水野梓:ついに、後の紫式部・まひろ(吉高由里子さん)が『源氏物語』を書き始めましたね…!

寵愛していた定子さまに思いをはせ、『枕草子』に夢中な一条天皇(塩野瑛久さん)。自分の娘・彰子に一条天皇のお渡りもお召しもないことから、帝に奉るための物語を藤原道長(柄本佑さん)から依頼されるという流れでした。

たらればさん:史実としては、紫式部と藤原道長が幼い頃に知り合っていた可能性はほぼないと思うんですが、「二人は小さい頃に出会っている」という設定のこのドラマでは、「もし二人がソウルメイトで、手を取り合って書き出されたのであればこういう感じなんだろうな」と思いました。

創作論としても面白かったので、本作を見ている作家やクリエイターはエンパワーメントされたんじゃないかなとも思います。何かを創り出すこと、創作の機微がきちんと描かれていて、改めて作家が主人公の大河ドラマの面目躍如だと思います。

水野:そもそも論になるんですけど、「『源氏物語』はどこから書き始めたか」というのは分かっているんですか?

たらればさん:いえ、分かっていません。『源氏物語』が、どこからどうやって書き出されたのか、というのは、「起筆論」といって幅広い研究がある分野です。

確定的な記録や証拠は見つかっていないので、研究者がそれぞれ根拠だと考えられるものをもとに百花繚乱の議論を展開しています。
たらればさん:有名なところでは、たとえば第十二帖「須磨」から書き始めた、という説。琵琶湖に浮かぶ月を見ながら石山寺で書き始めたのではないか、という説です。

あるいは第二帖以降の「帚木三帖からじゃないか」という人もいます。「雨夜の品定め」「空蟬」「夕顔」のところですね。ほかにも第五帖「若紫からでは」という説もあります。

水野:分かっていないし、いろんな説があるんですね。

たらればさん:枕草子派としてうらやましいのが、源氏物語ってたくさんの研究者が幅広いジャンルで研究していて、「こんなところまで分厚く研究してるの!?」っていうものがあるんですよねえ……。

冒頭の「桐壺」から書き始めたという説は

水野:大河ドラマでは、帝に物語を奉ったのは『源氏物語』冒頭の「桐壺」でしたね。

夜にひとりで冊子を開いた帝が、「いづれの御時にか……」の有名な冒頭を読み始めて、一度閉じて「つづく」となっていました。

たらればさん:紫式部は(現在の『源氏物語』の第一帖にあたる)「桐壺」から書き始めたんじゃないか、と主張している研究はわりと少ないです。

今から100年ぐらい前に、哲学者であり日本文化史家である和辻哲郎が「巻頭におかれている【桐壺】から【夢浮橋】まで順番に書いていった、ということはないだろう」と言っています。

これは多くの研究者が同意するところで、わたくしも、第一帖から第五十四帖までこの順番で書かれたかというと、そうではなかっただろうなと思います。
水野:「桐壺」が最初に書かれたのではない、と考えられるのはどういう点にあるのでしょうか?

たらればさん:「桐壺」って、『源氏物語』のほかの章段と比べても、文章と構成の完成度が非常に高いんですね。そのうえで後に起こる出来事の伏線も盛り込まれていて、それがきちんと効果的に表現されていて……。

五十四帖まで続く、作中時間70年、約100万字の物語を、あらかじめ構想して冒頭から書くのはさすがに無理だろう、ある程度書き進めたどこかの時点で、冒頭部分を足したんだろうな、と考えるのが自然かなと思うわけです。

水野:なるほど。たしかに。

エピソード「ゼロ」があった?

たらればさん:そもそもの話として、現在『源氏物語』は五十四帖にまとめられていますが、執筆当時このように五十四帖それぞれが「帖」や「巻」として個別にまとめられていたかどうかは分かりません。

『更級日記』によると公開後数十年後の時点で「五十余巻」というかたちにはなっていたことまでは分かっていますが、仮にまとめられていたとしても、(現在の「単行本」のように)1巻まとめて書かれて、順に公表・流布されていった、というのは考えづらいなと思います。

水野:枕草子も、順番が分かっていないという話がありましたよね。源氏物語も、いろんなエピソードを書いて、あとから編纂した可能性が高いということなんですね。
石山寺にある紫式部像
石山寺にある紫式部像 出典: 水野梓撮影
たらればさん:はい。そのうえで、ある「作品」を作るときには、エピソードから考えられ起筆されたのか、シーンからか、キャラクターからか、シチュエーションや舞台からか、というのは作品によって、作者によって千差万別です。

そうしたなかで、『源氏物語』はおそらく「原『源氏物語』」というべき、プロトタイプのようなエピソード「ゼロ」がいくつかあったのだろうと思う次第です。

水野:マンガ『ワンピース』にも、お話の始まりを描いた「ゼロ」のエピソードがありますもんね…!

たらればさん:そうですね。たとえば「必死になって口説いた姫君と一晩をともにして明け方に顔を見たらものすごい不細工だった(末摘花)」だとか、「人妻を口説き寝所へ忍び込んだら、まだぬくもりの残る夜着だけ残して逃げられた(空蝉)」だとか、「垣間見した美しい少女に心を奪われて、女房の手引きで自宅に連れ帰った(若紫)」というような短い個別のエピソードがあって、それらが肉付けされ、統一されて「源氏物語」ができたのではないか、という説です。

これはなかなか説得力があって、わたくしも支持しています。

水野:たらればさんは、そのなかでも、どこから書き始められたと考えてますか?

たらればさん:そうですね……これは山本淳子先生も書かれてるんですけど、「若紫」から、というのはなかなかあり得る話だなとは思っています。

紫の上との出会いの帖で、『伊勢物語』のオマージュ的なシーンもあるし、藤壺との密会が描かれる場面でもあります。ジェットコースター的なうえに前半の「仕込み」がたくさん盛り込まれていて、ここからいろんな展開へ広がる帖ですし。

水野:なるほど。そう意識して読み返してみたいです。
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました 出典: 朝日新聞、2019年10月、京都市上京区、佐藤慈子撮影

「桐壺」を帝へ…インパクト勝負?

たらればさん:今回の「光る君へ」では、道長が一条天皇へいきなり直接源氏物語を奉ったことになっていますが、史実ではこういうかたちで帝が読むことになったわけではなかっただろう、とも思います。

まずは彰子や女房たちの間で話題になったことで、評判を聞いた帝がそれを読むために彰子のもとを訪れた……という順番だったんだろうなと。

水野:先に知的で雅な定子さまのサロンがあり、それを書き記した「枕草子」が話題になるなかで、「なんとか彰子さまのところにも来てほしい」と、道長が紫式部や和泉式部、赤染衛門らの知的な女房をそろえた……ということでしたよね。

たらればさん:ええ。女房たちの間で話題になるということは、(長大な物語ではなく)短いエピソード集のような読み物が先行していたのではないか。失敗談とか熱愛譚だとか、エッセンスのつまったエピソードがあったんじゃないかなとも思いますね。

そのうえで、もしかしたら第三十一回で、帝に奉る前にまひろが書いて道長へ見せていたエピソードが、「末摘花」や「須磨」、「若紫」だったのかもしれません。
紫式部が源氏物語の着想を得たという「石山寺」の最寄りの石山寺駅=滋賀県大津市
紫式部が源氏物語の着想を得たという「石山寺」の最寄りの石山寺駅=滋賀県大津市 出典: 水野梓撮影
たらればさん:そのいっぽうで、「光る君へ」の道長のように、「まず帝に見せる」「一気に物語へ引き込む」というインパクト勝負で考え、(定子とのことを思い出させる)枕草子に対抗するため……と考えると、「桐壺」から読ませた、というのはうまいな、と思いました。

水野:ドラマで帝はこの冒頭のあたりまでを読んで、ハッと我に返ったように閉じてましたよね。
<いづれの御時にか 女御・更衣があまたお仕えしているなかに それほど高い身分ではありませんが 格別に帝の寵愛を受けて栄える方がいらっしゃいました
我こそはと思い上がっていた方は 目障りなものとしてさげすみ 憎んでいたのです>
たらればさん:冒頭から衝撃的な本を読んだら、たしかにいったん閉じますよね。解像度が高いな、と思いました(笑)。

水野:そうですね、でもまたすぐ本を開いちゃうんでしょうね…!

たらればさん:今回、どこまで冊子が書かれたのかも分かりませんが、一条帝がどこで「桐壺帝って…これ、自分のこと?」って思うかですよね。

今後、どういうエピソードが盛り込まれるとか、どういうふうに帝が受け止めるかといった描写が出てくると思うので、ワクワクしつつ、ハラハラします。『源氏物語』の前半で最愛の妻を亡くした桐壺帝は、だいぶ早い段階で息子に後妻を寝取られるので…。
◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。
次回のたらればさんとのスペースは、9月15日21時~に開催します。

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