「仕事のやる気が出ない」「イライラする」など、病気とまではいかない“何となく不調”という状態は「男性更年期障害」の可能性があります。なぜ発生するのか、どんな状態なのか、どう対策すればいいのか、専門家に話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
2022年3月に厚生労働省が実施した『更年期症状・障害に関する意識調査』では、全国の20歳から64歳の女性2975人、男性2025人の合計5000人(いずれも回収数)が答えています。この結果は同年6月に発表されましたが、こうした調査結果を国が発表するのは初のことでした。
このうち、医療機関への受診により、更年期障害と診断されたことがある/診断されている人の割合は、40代女性で3.6%、50代女性で9.1%である一方、40代男性で1.5%、50代男性で1.7%でした。
「男性にも更年期にまつわる不調があること」について知っている40代以降の女性の割合は約3~5割、40代以降の男性の割合は約1~2割と、男性に更年期にまつわる不調があることはあまり知られておらず、医療機関への受診をする人も少ないことがうかがえます。
厚労省の定義によれば、まず、更年期症状とは「更年期(※)に現れる様々な症状の中で他の疾患に起因しないもの」。
※更年期とは、女性の閉経の前後約5年ずつの10年ほどを指す。一般的には45~55歳ごろです。そのため、男性はそもそもこの定義に当てはまらない。
この症状とは「ほてり」「のぼせ」「発汗」「動悸」「頭痛」「関節痛」「冷え」「疲れやすさ」などの身体症状、および「気分の落ち込み」「意欲低下」「イライラ」「不眠」などの精神症状のこと。そして、更年期障害とは、こうした症状により、日常生活に支障を来す状態です。
なお、男性の更年期障害について、厚労省は「概ね40歳以降に男性ホルモン(テストステロン)の減少により、女性更年期障害と類似した症状を呈するが、病態が複雑で、まだ十分に解明されていない」としています。
順天堂大学医学部泌尿器科学講座教授で、日本で初めてメンズヘルス外来を開設した医師の堀江重郎さんは「男性と女性の更年期障害はまったくの別物」と指摘します。
「すべての女性は閉経を迎えます。すると、女性は体に妊娠の準備をさせる女性ホルモンのエストロゲンが低下し、これが更年期障害を引き起こします。一方で、男性には女性に閉経にあたる現象はありません。メカニズムが根本的に異なるのです」
男性更年期障害はLOH症候群(晩発性性腺機能低下症候群)とも呼ばれます。つまり、年を重ねた男性に起きる性腺の機能低下、つまり男性ホルモンであるテストステロンの低下による状態です。
テストステロンは「外に出かけて行って獲物を取って帰ってくる」ホルモンです。社会で自分を表現し、評価されることがテストステロンの分泌に関係します。
テストステロンは生殖にも関わっており、「加齢に伴って減少する」と思われがちです。しかし「すべての人のテストステロンが加齢により減少するわけではありません」と堀江さんは言います。
「社会的に評価され、充実した毎日を送れているときには、テストステロンは変化しないのです。一方社会活動が減少してくるとテストステロンは下がっていくと考えられます。
それぞれのテストステロンレベルは、身長などのように遺伝的におおむね決まっていると思われますが、その人が仕事などで受けるストレスによりテストステロンの分泌は強く影響されます」
テストステロンには「筋肉や骨を作る働き」「男性の性機能を保つ働き」のほか、「社会で意欲的に活動する源となる働き」があり、「パワーやチャレンジ精神を湧き起こさせる『社会的ホルモン』としての役割も持つ」と堀江さん。
そのため、テストステロンが減少すると、心身だけでなく、社会生活の面においても様々な影響が現れる、と注意喚起します。
また、男性更年期障害の原因のほとんどには「過労や転勤、転職、退職等、社会的な要因が関係している」と堀江さんは指摘します。
社会環境の変化によりストレスの度合いが強いと、テストステロンの分泌は低下します。「患者さん個別的、具体的に、社会的な視点から紐解いていく必要がある」と堀江さん。
逆に、女性の更年期障害は、閉経という生物学的な要因で引き起こされるため、「退職したから」「家庭環境が上手くいっていないから」といった要因の関与は薄いということです。
テストステロンは副交感神経(リラックス時、睡眠時に優位)が活発なときに増え、交感神経(緊張時)が活発なときは減るため、社会的な要因によりストレスがかかり、交感神経優位な状態が続くと、十分に分泌されなくなります。
そのため、男性の更年期障害は、女性の更年期障害のように一定の期間に限定的に起こるものではなく、長期間、不調と付き合っていくことにもなりかねません。
「テストステロンは、男性が意欲的に活動するために不可欠なホルモンであり、減少するとその人を『引きこもりがち』『非社会的』にしてしまうことがあります。また、テストステロンにはストレス耐性を高める作用もあるため、ストレスに弱くなり、うつ状態になってしまうケースも少なくはありません」
テストステロンが急激に減少した場合、男性ホルモンという特性から、典型的な症状としてまず自覚しやすいのが「ED(勃起不全)」です。それ以外にも男性機能の低下がみられますが、影響はこうした性の悩みに止まりません。
「疲れやすい」「集中力が湧かず新聞や本を読むことができない」「なんとなくだるい」といった心身の不調が現れることがあります。こうした症状は、勤労世代であれば仕事にも影響するため、40代以降の男性が「仕事のやる気が出ない」というとき、それは更年期障害の症状ということも十分にあり得ます。
テストステロンの低下による症状をまとめると、精神的なものでは「不安/イライラする/不眠/記憶力や集中力の低下/性欲の減少」など、肉体的なものでは「筋力低下/疲労感/ほてり・のぼせ/発汗/頭痛/めまい/耳鳴り/頻尿」があるということです。
また、糖尿病や肥満、メタボリックシンドローム、骨粗しょう症、心血管疾患(動脈硬化・血管内皮機能の低下)などに関係するという研究結果もあるとします。
治療では、職場などのストレスのチェックや睡眠、運動や食事の習慣の改善が勧められます。「これだけでも多くの場合、症状は改善する」と堀江さん。それでも改善しない場合は、漢方薬やED治療薬、症状によって抗うつ薬などが処方されることもあります。
「こうした方法で改善しないか、著しく男性ホルモンの値が低く、症状が重いときには、テストステロン補充療法を行います。泌尿器科やメンズヘルスの専門外来を受診するとよいでしょう。ただし、男性の更年期障害の治療の主となるものは薬ではないと私は考えています。
ストレスが大きく関わる以上、それを解消したり、自分に自信を持てるようにならなければ、根本的には解決しません。職場の同僚以外の友人を作る、趣味や習い事を始めるといった活動が、男性の更年期障害の治療につながることは、ぜひ覚えておいてください。
更年期の『更』は布や革をピンと張ってたるみを取る意味があります。男性の更年期は自分を取り巻く環境が変わるとき。サッカーやラグビーのハーフタイムに相当すると言ってよいでしょう。この時期をうまく過ごしてはつらつとした毎日を送りたいものです」