連載
#50 イーハトーブの空を見上げて
炭火で香ばしく…手焼きの「亀の子煎餅」 本当の豊かさは…老舗の味
古い寺院や蔵などが残る岩手県奥州市の江刺地区。
甘く香ばしいにおいにつられて老舗「八重吉煎餅(せんべい)店」の暖簾(のれん)をくぐると、2代目の八重樫理悦さん(74)と妻英子さん(73)が仲良く炉端の前に腰を下ろし、煎餅を一枚一枚、炭火で焼いている。
銘菓「亀の子煎餅」。
炭火で真っ黒く変色した焼き型に小麦粉と砂糖と水で作った生地を流し込み、弱火でじっくりと焼き上げる。
生地がまだ軟らかいうちに亀の甲羅のような形につまみ、ゆっくりと固まるのを待つ。
砂糖で味付けした良質な黒ごまをたっぷりとつけて、炭火の上で約半日。焼き始めから1日半で店頭に並べる。
煎餅店を始めたのは1934年、理悦さんの父・吉次さんだった。
おやつなどなかった時代、店の前には子どもたちが群がり、焼き型からはみ出した煎餅のかけらが子どもたちのごちそうだったという。
「我々はね、時代の波に乗れなかったのね」と理悦さんがおどけならが言う。
「いまは食べ物のほとんどが大量生産になり、いつでも簡単に手に入るでしょ。でも、それで本当に良いのかな、それが豊かさなのかなって、そんなことを考えながら日々煎餅を焼いています」
店頭に現れた、宮城県から帰省中だという女性客は、レジで六袋も買い求めていった。
「これがないと、帰省した感じがしないんです」
手焼きされたせんべいをほおばると、炭のにおいが鼻孔を刺激し、ごまの風味と懐かしさが、口いっぱいに広がっていく。
(2022年8月取材)
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