連載
#49 イーハトーブの空を見上げて
天然の漆と貝、生み出した永遠の輝き 時間と手間をかけた「螺鈿」
黒紫の漆器の表面に光り輝く小宇宙が広がる。
アワビ貝や夜光貝などの貝殻を削りだして模様を作り、漆地などに埋め込んで磨き上げる伝統工芸「螺鈿(らでん)」。
人気作家の澤井正道さん(72)の工房は、盛岡市内の住宅街の中にある。
東京都墨田区出身。下町育ちで中学卒業後から修業に入り、かんざし職人になった。
ところが、和装の結婚式の減少で、かんざしの需要が激減。
1994年に妻の故郷の宮古市に転居してからは、主に水道工事の仕事を続けていた。
ある日、知り合いに頼まれて帯留めを作ったとき、螺鈿の魅力を再発見した。
かんざし職人の技術が生かせるだけでなく、岩手は素材に恵まれている。
全国的にも有名な透明感のある「浄法寺の漆」が手に入り、美しい輝きを放つ三陸産の貝殻が至る所にある。
「螺鈿 澤井工房」を立ち上げたのは2007年。
東日本大震災で津波で工房が被災した後は、盛岡市に拠点を移して制作を続ける。
漆黒の茶道具にちりばめられた無数の「星」や「花びら」。
貝殻は光の当たり方で鮮やかに色が変化し、見る方向によっては模様が桜や翡翠(ひすい)の色にも映る。
薄ければ薄いほど美しい発色になるため、紙よりも薄く削りだす。
5千個以上の貝片が埋め込まれた茶道具など、完成するまでに3年以上かかる作品もある。
文字盤に0.85ミリ大の貝片をちりばめた、30本限定の機械式の腕時計も人気だ。
天然の漆と貝が生み出す美しさ。
「新しい物が次々と生み出され、消えていく時代。時間と手間をかけて、親から子へ、子から孫へと、世代を超えて愛される作品を作っていきたい」
無口な職人が口元に笑みを浮かべる。
(2022年7月取材)
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