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ダイエットに挫折、じゃあ〝薬でやせる〟がどこまでもNGな理由

“薬でやせる”とうたうネット広告があるが……。※画像はイメージ
“薬でやせる”とうたうネット広告があるが……。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

夏本番、ダイエットをして自分の理想の体型に近づけたいのに、挫折してしまった、という人もいるかもしれません。そんなとき、“薬でやせる”といったネット広告を見かけて、つい興味を持ってしまう、なんてこともあるのではないでしょうか。しかし、それはどこまでいってもNGな行為。その理由を説明します。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
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“一般的なダイエット”には本来NG

医療現場で参照される、日本肥満学会が発行する『肥満症診療ガイドライン2022』には、<薬物療法を開始する前に、原発性肥満に対しては食事療法、運動療法および行動療法を実施すること>と明記されています。

同ガイドラインでは<これらを3~6カ月行い、1カ月あたり0.5~1kg程度の減量が得られるようであれば薬物療法は開始せず、同じ治療を継続する>とされ、薬物治療の適応になるのは<高度肥満症で合併症を1つ以上、または肥満症で内臓脂肪面積≧100平方cmかつ合併症を2つ以上有する症例>です。

つまり、「夏までに理想の体型に近づけたい」といった“一般的なダイエット”には、薬物による治療は本来NGです。それではなぜ、ネットには医療機関が“薬でやせる”をうたう広告が出回っているのでしょうか。順を追って説明していきます。

このテーマでこの数年、話題の的になっているのが、30年ぶりの保険適用となった肥満症の新薬「ウゴービ」です。2023年3月に新しい肥満症治療薬として薬事承認(世界で9カ国目)され、今年2月22日に販売が開始されました。

「ウゴービ」(一般名:セマグルチド)は、「GLP-1受容体作動薬」と呼ばれる薬の一種です。これが投与されると、体内では「インスリン」というホルモンの分泌が促されます。

インスリンには食欲を抑える働きがあり、欧米ではGLP-1受動体作動薬が肥満症の治療薬として使われてきました。噛み砕いて言えば、食欲を抑えることで自然と体重が減り、肥満症も治療できる、というメカニズムです。

製造販売元のノボノルディスクファーマ株式会社は、薬事承認後に、「肥満症の適応で承認された日本で初めてのGLP-1受容体作動薬」とうたいました。

しかし、前述のガイドラインの推奨と同様、製薬会社の添付文書上でも、ウゴービは“一般的なダイエット”には使用できないことになっています。

適応は「高血圧、脂質異常症または2型糖尿病のいずれかを有し、食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られず、以下に該当する場合に限る」とされ、“以下”とは具体的には「BMIが27以上であり、2つ以上の肥満に関連する健康障害を有する」か「BMIが35以上」の人のみ。

つまり、「すでに食事と運動習慣の改善に取り組んでいて効果がない」ことに加え、「治療が必要になるほどの肥満の人のみ」が、この薬を使用できるということです。実際にやせる効果がある薬だからこそ、その使用には制限があるのです。
 

効果ある薬だからこその健康被害

一方で、現在までに、医師の裁量で行える自由診療によって、本来であれば適応外でも、ウゴービ、あるいは同じ成分の薬が処方されているとみられるケースが問題になっています。こうした自由診療は、ネット広告を入口にしていることが多く、さも気軽にやせられるようにうたう宣伝には注意が必要です。

ウゴービ、あるいは同じ成分の薬を“一般的なダイエット”に使用するのがNGであることには、大きく二つの理由があります。

一つ目は、こうした適応外の使用により、2型糖尿病患者の命にかかわる、薬の在庫不足が起きてしまうことです。

というのも、インスリンにはもう一つ、もしかするとこちらの方が有名かもしれない作用として、血糖値を下げる働きがあります。

そのため、GLP-1受動態作動薬は、もっとも多いタイプの糖尿病である2型糖尿病の治療薬として、以前から国内でも、患者の高い血糖値を下げる目的で、長らく使用されてきました。

でも、その成分はノボノルディスクファーマ社が製造販売する2型糖尿病治療薬「オゼンピック」と同じです。つまり、自由診療で医師が肥満の解消のために適用外でも使用しようとすれば、この薬を使用できないことはないのです。

実際、厚生労働省は23年7月、「GLP-1受容体作動薬の在庫逼迫に伴う協力依頼」として、各都道府県等の衛生主管部に事務連絡をしました。適応外でGLP-1受容体作動薬が使用され、在庫がひっ迫したことで、2型糖尿病患者にこの薬が行き渡らなくなるおそれがあったためです。

二つ目は、こうした適応外の使用は、当然、安全ではないことです。厚生労働省や消費者庁、国民生活センターは、適応外で処方されるGLP-1受容体作動薬について「糖尿病でない人への安全性と有効性は確認されていない」として注意喚起を繰り返してきました。

その副作用には吐き気・下痢・嘔吐といった胃腸障害だけでなく、低血糖、急性膵炎、胆嚢炎など重篤なものもあるためです。

上記の適応外とは、2型糖尿病患者のための薬を肥満の治療に使用することでしたが、前述したように、治療が必要な肥満症患者のための薬が、“一般的なダイエット”を目的に使用される場合も同様に適応外であり、健康被害のリスクがあります。

特に、“一般的なダイエット”は、そもそも肥満の定義に当てはまらない人が、美容などを目的に行うこともあります。そんな人が、ある意味では糖尿病の患者の命を左右するような効果のある薬を、本来NGなのに使用してしまうことになるのです。

ダイエットはあくまで、食事と運動。それも、無理のない範囲で行うしかありません。新しい選択肢があるかのような誘い文句をネット広告で見かけても、絶対に手を出さないようにしましょう。
 

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