連載
#45 イーハトーブの空を見上げて
カメ吉、実はメスだった 「名前も含めて心のよりどころ」である理由
初夏、涼を求めて岩手県久慈市の地下水族科学館「もぐらんぴあ」を訪ねた。
1994年に国家石油備蓄基地の作業坑を利用して造られた地下水族館で、水槽内の透明なトンネルの中から魚を観察できる「トンネル水槽」に入ると、課外授業で来ていた子どもたちから「いた!」という大歓声が上がった。
お目当ては、頭上の水槽を飛ぶように泳ぐ、アオウミガメの「カメ吉」だ。
カメ吉は、三陸沖で網にかかったところを水族科学館に引き渡された。
名前の由来は不明だが、「飼育員が子どもに名前を聞かれて『カメ吉』と答えたのが始まりではないか」との説が有力だ。
東日本大震災の津波で、奇跡的に生き残ったのもカメ吉だった。
電源の喪失でポンプが動かせず、館内の約200種約3千匹の魚が死滅するなか、肺呼吸ができるカメ吉は、真っ白く濁った水槽の中で生きていた。
同館が再開するまでの約5年間、青森県八戸市で飼育され、2016年春に故郷に戻った。
実はこのカメ吉、先の調査で「不都合な真実」が発覚している。
アオウミガメは成長するまで性別の判定が難しく、2019年春に研究機関で血液検査をしたところ、メスであることがわかったのだ。
それでも、同館スタッフは「彼女」の名前を変えようとはしない。
宇部修館長(65)は愛おしそうな視線でカメ吉を見つめる。
「オスでもメスでも、カメ吉はカメ吉。あの震災を一緒に生き抜いた相棒であり、その呼び名も含めて、私たちの心のよりどころなのです」
(2022年5月取材)
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