子育てには、つい「大きな声を出してしまう」といった場面がつきものです。そんなとき思い出すのは、かつて自分が記者として取材した「体罰・暴言で『子どもの脳が変形・萎縮』する」という厚生労働省の注意喚起と、幼い頃に自分が親からされたこと。子育ては、自分がされた子育てを振り返る機会でもありました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
先日、(食事中の方がいたらすみません)トイレに入っていたときのこと。便座に座る私に、ご丁寧にもうすぐ2歳の我が子がドアを開けてニッコリご挨拶をしてくれました。
「はいはい、パパは今、トイレに入っているからね~」と優しく伝えてドアを閉めるも、何かがツボに入ってしまったのか、いないいないばーの要領でゲラゲラ笑いながらドアを開け閉めしてきます。
ちなみに、我が家のトイレには鍵がかかりますが、外からでも硬貨やマイナスドライバーで開けられるタイプで、さらに、うちの子はそれをなぜか指で開けられます……。
めんどくさいからもうしたいようにさせよう、と思っていたら、半開きのまま姿を消しました。はて、と思いつつ、油断していたところに、ガガガガガ、と轟音が。そして、ドリフトをしながら我が子と我が子が大好きなアンパンマンの手押し車がトイレ内に突入、そのままの勢いで私の脛に激突しました。
さすがに「痛った―――」と顔をしかめて絶叫してしまったのですが、声の大きさにびっくりしたのか、基本的に子どもに甘い私の怖い顔を見たことがなかったからか、表情を失い直立不動になってしまった我が子。
泣き叫ぶでもなく、ただ無になって、壊れた人形のようにじっとこちらを見てきます。「えっ、これ、私が悪い?」「いやでも、脛は、すごく痛い……」などと混乱しながら、努めて穏やかに声をかけ続けると、少しずつ表情が崩れ、30秒くらいしてギャン泣きに。むしろホッとした頃に、妻が別室から駆けつけてくれました。
生きた心地がしなかったのですが、そんなときに思い出したのが、かつて自分が記者として取材した、厚生労働省の『愛の鞭ゼロ作戦』でした。
厚労省の『子どもを健やかに育むために~愛の鞭ゼロ作戦~』というリーフレットでは、体罰や暴言が子どもに与える影響について注意喚起がなされています。同省がこれを全国の自治体に周知したのは2017年5月のことでしたが、今でも各自治体の公式サイトなどで引き続き使用されていることが確認できます。
このリーフレットでは、体罰や暴言により、子どもの脳に変形や萎縮が起きること、親子関係の悪化や精神的な問題が起きやすいことが、国内外の研究で明らかになっている、と指摘されています。
例えば、福井大学教授の友田明美さんの研究では、厳しい体罰により、前頭前野(社会生活をする上で非常に重要な脳の部位)の容積が19.1%減少し、言葉の暴力により、聴覚野(声や音を知覚する脳の部位)が変形していた、と紹介。
また、約16万人分のデータに基づき、親による体罰を受けた子どもと、受けていない子どもの違いを分析した研究では、親による体罰を受けた子どもは、「親子関係の悪化」「精神的な問題の発生」「反社会的な行動の増加」「攻撃性の増加」などの「望ましくない影響」が大きいことがわかりました。
取材した当時は、自分に子どもができることなど考えていなかったのですが、7年後、親になると、あらためて自分の言動が子どもに一生の影響を与えかねないと感じて、怖くなります。このリーフレットでは「子どもが親に恐怖を持つとSOSを伝えられない」として「子育てに体罰や暴言を使わない」よう注意喚起しています。
また、そのために、「爆発寸前のイライラをクールダウン」する方法として、「深呼吸する、数を数える、窓を開けて風に当たるなど」を提案。「親自身がSOSを出そう」「子どもの気持ちと行動を分けて考え、育ちを応援しよう」と呼びかけています。
2017年の自分は違和感を持っていなかったこととして、体罰や暴言は論外ですが、手押し車と脛の事故しかり、つい大きい声を出してしまうケースはあるので、前述の“イライラのクールダウンの方法”あたりはどうしても絵に描いた餅のように感じてしまいます。
2023年4月に発足したこども家庭庁では、子育てや親子関係について悩んだときに、子ども(18歳未満)とその保護者が相談できるLINEの窓口を設置しています。こうした手軽な手段があるというのは、令和のよいアップデートだとも思いました。
▼親子のための相談LINE
https://kodomoshien.cfa.go.jp/no-gyakutai/oyako-line/
子育てが始まってわかったことですが、子育てをするというのは、自分がされた子育てを振り返ることでもあります。実は私自身、近年、問題になっている「教育虐待」(児童虐待の一つで、子どもの心や身体が耐えられる限度を超えて教育を強制すること)のサバイバーです。
例えば、私は自分が幼い頃の母親の年齢にあたる世代の女性が不機嫌だったり、感情的になったりする様子を目の当たりにすると、パニックを起こして、文字どおり頭を抱えて動けなくなってしまうことがあります。自分が親になって、それが自分の受けたトラウマによるものだと気づくことができました。
日本小児科学会の『子ども虐待診療の手引き改訂第3版(2022)』には、子どもの頃に逆境体験を多く体験した人ほど、健康をリスクにさらす行動が多くみられ、寿命も短くなることが明らかとなったことが紹介されています。
ちなみに、この手引きでも、<慢性的なストレスによって脳の形態や機能が変性>するとされており、怖いと感じました。
親としての振る舞いが子どもに与える影響の大きさは、人一倍、実感しています。だからこそ、“虐待の連鎖”という言葉を聞くと暗たんたる気持ちになります。妻には結婚前からそのことを伝えた上で、私の日々の態度や、特に教育観については、「気をつけて見定めてほしい」とお願いしています。
上記の手引きに「ただし、頼りにできる人の存在、思いやりのある人との信頼に満ちた関係は、逆境からの立ち直りを促進する因子である」とあったのは、個人的にも救いでした。
妻とコミュニケーションを密にし、自分も立ち直りながら、子どもに安全と安心を提供できるような親になりたいと、あらためて思います。