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長くは生きられないかも…「奈緒ちゃん」を記録した映画が伝えるもの
「この子は長く生きられないでしょう」。そう医師から宣告された「奈緒ちゃん」を40年以上にわたって撮影してきた記録映像があります。最新作では、奈緒ちゃんの家族が「老い」の現実に直面します。「この映画は、いのちのありようを見つめた『大好き』の記憶」なのだと監督した伊勢真一さんは話しています。(朝日新聞社メディア事業本部・山内浩司)
主人公の西村奈緒さんは、1973年生まれ。難治性のてんかんと知的障害があり、幼少期から発作を繰り返してきました。
母・信子さんは、主治医から「長くは生きられないかもしれません」と告げられたそうです。
この話を聞いた、信子さんの弟である伊勢真一さんは、映像制作の仕事をしていたこともあり、「思い出のアルバムを残してあげるような気持ち」で、奈緒ちゃんが9歳の時から、16ミリフィルムで撮影を始めました。
治療や投薬の効果もあり、発作の回数は減り、奈緒ちゃんはどんどん元気になっていきました。
その天真爛漫(らんまん)な姿と、信子さん、父・大乗さん、奈緒ちゃんと4歳違いの弟である記一さんの家族の絆に、撮影スタッフも引き込まれていきます。
「『永遠に完成しない映画を目指そう』と撮影を続けていました」と伊勢さんは振り返ります。
作品としてまとめる契機になったのは、撮影担当のベテランカメラマン瀬川順一さんが末期がんだとわかったからでした。
12年分のフィルムを編集し、成人式を迎えるまでの成長記録を映画「奈緒ちゃん」として1995年に公開し、亡くなる前に瀬川さんに見てもらうことができました。
伊勢さんにとって長編デビュー作となった「奈緒ちゃん」は、各種映画賞を受賞するなど評判となり、自主上映で全国を回り、多くの人に見てもらう今に続く制作スタイルの出発点になりました。
撮影はその後も続き、信子さんたちが設立した地域作業所に集う仲間の日常記録「ぴぐれっと」(2002年)、グループホームで自立を考える奈緒ちゃんの成長を見つめた「ありがとう」(2006年)、撮影開始から35年の家族の歩みを振り返る「やさしくなあに」(2017年)の4作品が生まれました。
7月13日に公開される最新作「大好き」は、80歳を迎える信子さんの「終活」をきっかけに撮影が始まりました。
これまでと違うのは、撮影期間を奈緒ちゃんの49歳の誕生日から50歳になるまでの1年間に区切ったこと。伊勢さん自身ががん告知を受けたこともあり、完成日を決めて制作体制を組んだそうです。
映画は、40年以上撮り続けてきた映像から再編集された奈緒ちゃん一家の歩みと、人生の終盤を予感しながら交差する家族の思いを紹介しています。
大きな心臓病の手術を受けた信子さんがつづるエンディングノートには、奈緒ちゃんに対し「健康に産んであげられなかった」という思いや、生きる意味を教わったことへの感謝の言葉が切々とつづられています。
一方、夫の大乗さんとの間には微妙な距離感が生まれていること、うつ病に苦しんでいた息子の記一さんが元気を取り戻したことなど、平穏なだけではない家族の現在の姿と日常が淡々と描かれます。
そうした家族の葛藤を知ってか知らずか、50歳になった奈緒ちゃんのお気に入りの言葉は「人生まだまだ!」。
家族と自分を鼓舞するように、絶妙のタイミングで何度も登場するこのフレーズは、見る側を思わず笑顔にさせる力を持っています。
障害者の子どもを持った家族の50年の記録ではあるけれど、伊勢さんは「見た人が自身の人生を振り返り、親や子どものことに思いをはせる。自分と向き合う鏡のような作品になればうれしい」といいます。
編集作業を始めた当初は、50年の集大成として時系列にわかりやすく整理しようと試みましたが、「まとまった分、つまらなく思えてきて……」と方針変更。
「記録」ではなく、走馬灯のように過去がフラッシュバックする、大好きな人たちとのかかわりや思いが詰まった「記憶」の映画に仕上がった、と語ります。
「この〝とりとめのなさ〟が僕らしさでもあるのかな」
伊勢さんは「ドキュメンタリー映画は、理屈や頭で考えながらではなく、自由に素朴に見てほしい」と語る一方で、ひとつだけ思いを込めたメッセージがあると、明かしました。
それは、「役に立たないものはいらない」「生産性のないものには価値がない」といった社会の風潮に対する危機感だといいます。
「2016年に相模原市で起きた障害者殺傷事件の衝撃は大きかったですが、その後の社会は、生産性や効率性ばかりをますます重視するようになってはいないでしょうか。価値のない『いのち』などありません」
「奈緒がどれだけ周囲に影響を与えてきたか。障害があることが、どれだけ大切な価値を伝えているのかを、『大好き』を通して感じて、考えてもらうきっかけになることを願っています」
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