連載
#42 イーハトーブの空を見上げて
民話の里の「早起きした人の特権」 老舗のできたて豆腐、立ち食いで
「民話の里」として知られる岩手県遠野市の中心部に、できたての「寄せ豆腐」をその場で食べさせてくれる老舗豆腐店がある。
創業約80年の「新里とうふ店」。
午前4時半。所狭しと製造機械が並ぶ店内を覗くと、初夏の柔らかな朝日を受けながら、慌ただしく豆腐作りが始まっていた。
原材料は、岩手県産の大豆「南部白目」と、伊豆大島から取り寄せている天然のにがりだけ。
一晩水につけた大豆をすり潰して煮る。
それらをこしてできた豆乳ににがりを加えると、まだ豆腐が固まりきっていない「寄せ豆腐」(おぼろ豆腐)ができあがる。
フワフワとして、とろけるような食感。豆乳の甘さも、しっかりと感じられる。
3代目の新里庄一郎さん(56)は「できたての寄せ豆腐は、食感がまるで違う。早起きした人だけが味わえる特権だね」。
同店が「立ち食い」を始めたのは約20年前。
近くのホテルに宿泊している観光客が朝の散歩をしていると、店から蒸気が上がっている。
「できたての豆腐を食べさせてほしい」との要望があり、「立ち食い」を始めた。
入り口の片隅に小さなテーブルと木のイスを置き、塩やしょうゆで食べてもらう。
週に1度、がんもを作ったときだけは、シイタケの特製あんをかけて味わうこともできる。
値段は税込み150円。
「約20年前に始めたときから、値段は150円。全然もうからないけれど、お客さんが喜んでくれるから」と新里さんは笑う。
店にはもう一つ、「名物」がある。
周囲から「遠野で一番の働き者」と評判の庄一郎さんの母・栄子さん(80)との会話だ。
結婚して、約60年。
店先の小さなイスに腰掛け、寄せ豆腐を食べながら世間話に花を咲かせる。
外国人観光客も度々訪れる。
栄子さんは外国語はわからないが、身ぶり手ぶりで食べ方を伝える。
「みんなとても喜んでくれる。ヨーグルトだと思っているかもしれないけどね、はははは」
長生きの秘密は「おいしい豆腐を食べること」。
「(亡くなった)夫の順一さんに言われたの。お前はいつも肌がツヤツヤだって!」
(2023年5月取材)
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