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現代にもつながる「紫の上の死」 源氏物語の名シーンを振り返ると…

紫式部の邸宅跡とされる京都市の廬山寺。『源氏物語』の「若紫」の巻の絵をあしらった特別な御朱印もありました
紫式部の邸宅跡とされる京都市の廬山寺。『源氏物語』の「若紫」の巻の絵をあしらった特別な御朱印もありました 出典: 水野梓撮影

目次

『源氏物語』のモチーフもたびたび登場してファンをわかせているNHKの大河ドラマ「光る君へ」。ドラマ内で見たい『源氏物語』の名シーンのアンケートを実施したところ、多くの熱い声が寄せられました。平安文学を愛する編集者・たらればさんが見たいシーンとは…?(withnews編集部・水野梓)

名シーンだらけ「なんぼでも食いつきますよ」

4月に呼びかけ、Xスペースのリスナーさんたちからおよそ900件の回答を寄せていただいた名シーンアンケート。1位は青海波を舞うシーン(紅葉賀)、2位は葵の上に六条御息所がとりつくシーン(葵)、3位は玉鬘の御簾に蛍を入れて浮かび上がらせるシーン(蛍)でした
水野梓・withnews編集長:1,2,3位に続いて、4位はこちら、光源氏と幼少の紫の上との出会いのシーンですね。
4位 193票 21.6%
④ 光源氏が北山で流行り病の療養中のある春の日、立ち寄った山荘を覗くと「伏籠に置いた雀の子を逃がしてしまったの」と泣く、美しい少女を見初める運命の出会いのシーン[若紫]
たらればさん:この「貴公子が垣根越しに美しい少女を見初める」という場面は、『伊勢物語』にも似たシーンがあります。

「光る君へ」のなかでも、幼少の頃の道長(三郎)とまひろ(後の紫式部)の出会いで使われていました。「こうくるのか~!」と膝を叩きながら見ていました。

水野:物語の始まりとしてすごく素敵でしたよね。

たらればさん:今年の大河では「劇中劇はやらない」と聞いていたので、『源氏物語』のシーンは出ないと思っていたんですよね。

そうしたら、初回に『源氏物語』のある場面がモチーフとして脚本に採り入れられていて。「おおお…この手法なら無限にやり方があるぞ!」と思いました。

古典には名シーン、名エピソードがたくさんあります。「開けちゃいけない扉を開けちゃってませんか…こんなんなんぼでも食いつきますよ……爆釣(ばくちょう)ですよ……」、と思いました(笑)。

猫「小麻呂」が登場しているけれど…

水野:こちらも、たくさんの方の記憶に残っている名シーンだと思います。

猫が御簾を跳ね上げてしまって、女三宮の姿を柏木が見てしまう…というシーンが5位でした。
5位 191票 21.4%
⑫ 中庭で殿方たちが蹴鞠に興じる最中、猫が逃げ出し御簾が跳ね上がって女三宮の姿があらわに。その姿を見た貴公子・柏木が運命を狂わす恋に堕ちるシーン[若菜]
たらればさん:日本文学史上有数の、「猫が重要な役割を果たすシーン」ですよね。

とはいえ今回の大河では入れづらいだろうな、と思うシーンでもありますね。

今回のドラマと史実の一番の違いを挙げるとしたら、「人に見られる」という感覚の違いなんですよね。

紫式部をはじめとした平安中期当時の貴族階級の人たちは、特に「多くの人に顔を見られる」ということを「恥」、「はしたない」、「ありえない」と考えていました。

そういう強い内在的な要因・思考があり、そこにしばられていました。しかし今回の『光る君へ』というドラマでは、そういう感覚・制約は、完全に取り払われています。

水野:まひろ、普通に歩いてますもんね。

たらればさん:道長の父・兼家のところへ直接会っちゃうし、散楽も顔をさらして歩いて観に行っちゃってましたし(笑)。

「不特定多数の人に顔を見られる」というのがありえない『源氏物語』の世界において、柏木にとっては、美しい女三宮を「見てしまった」というのが重要なポイントです。

偶然でもあるし、運命のいたずらでもあるんですが、見てしまったし、女三宮側からすると「見せてしまった」、という出会いのシーンの運命性があるわけです。

そういう感覚は今回の大河では成立しないだろうなあ、と思いつつも、『光る君へ』では猫の小麻呂が登場していますので。
京都・廬山寺の紫式部を描いた押し絵=2024年1月、京都市上京区、筒井次郎撮影
京都・廬山寺の紫式部を描いた押し絵=2024年1月、京都市上京区、筒井次郎撮影 出典: 朝日新聞
水野:小麻呂が何か動くかもしれませんよね。

『源氏物語』の垣間見でいえば、光源氏の息子・夕霧が、紫の上を偶然見てしまって忘れられなくなる…というのも描かれていましたよね。

たらればさん:第28帖「野分」ですね。夕霧は紫の上の美しさを「春の曙に咲き誇る樺桜(かばざくら)のようだ」と表現しています。

いや~出てほしい演出だと思いますけどね。猫が御簾をはね上げるだけでも大満足ですよ(笑)。

ナンバーワンじゃなくてオンリーワン

水野:さて、6位は印象的な女性、朧月夜との逢瀬のシーンでした。
6位 188票 21.1%
⑥ 朧月夜が替え歌を詠みつつ陽気に登場、光源氏と一晩「道ならぬ恋」に浸ったあと「また逢いたいのでお名前を」と聞かれて「探してくださいませんの」と挑発するシーン[花宴]
たらればさん:朧月夜って、キャラクター造形がすばらしいですよね。

東宮である実兄(のちの朱雀帝)へ入内させるか…という状況の高貴な女性と光源氏が運命的な出会いをする。

紫式部先生、「まだまだカードがあるぞ」というキャラクターの差し出し方がすばらしい。

水野:混戦だった6位まで紹介してきましたが、たらればさんが見たいシーンを三つ挙げるとしたら?

たらればさん:七転八倒しながら悩んでいるんですが…。わたくしとしては、いまのところ朧月夜のシーンを最初に挙げます。

朧月夜のような女性は史実にはなかなかいないので、そのまま『光る君へ』に登場させるのは難しいでしょうけれど…。

水野:このシーンの一番の推しポイントはどこでしょう?

たらればさん:朧月夜が光源氏と出会った際に詠んでいる和歌って、替え歌なんです。もともとは、新古今和歌集にある大江千里の歌。
 
照りもせず 曇りも果てぬ 春の夜の 朧月夜に【しくもの】ぞなき
「朧月夜って、ほかにしのぐものがない、ナンバーワンのものですよ」、という意味です。

いっぽう『源氏物語』に出てきた朧月夜は、作中でこれを、
照りもせず 曇りも果てぬ 春の夜の 朧月夜に【似るもの】ぞなき
と替えて詠んでいます。「似るものもない」、つまり「わたしはナンバーワンじゃなくてオンリーワンだ」と歌っているわけです。

自分は右大臣家に生まれた姫君であり、六の君(六番目の娘)である、近いうちにどこか高貴な人のところへ嫁ぐことになるだろうし、今も、そして嫁いだ先でも、姉妹だけでなくほかの姫君と比べられるだろう、という自分の運命を分かっているんですね。

そして「自分には独自性がある」と、自信はあるし勝ち抜けるとも思っていて。そのうえで、自分はこの先どうなりたいんだろう、という迷いも感じられる替え歌です。

最初に読んだときは、こんな16歳(※作中登場時の朧月夜の年齢)を描いた紫式部ってほんとすごいな、って感動しましたね。

水野:光源氏ほどのスターとの逢瀬に、扇だけ交換して名前を明かさない…というのもすごい自信ですよね。

たらればさん:「探すぐらい求めるのであれば、もう1回ぐらい会ってあげてもいいかな」という自信と、すごくスリリングなのもいいですよね。

そして光源氏は歌のやりとりをして、御簾の向こうに朧月夜を見つけて「見つけた!」と手を握るわけですよ。(朧月夜が登場する)「花宴」という帖は、短くて読みやすいので、ぜひ読み返してみてください。

現代にも通じる「紫の上の最期」

水野:ほかにこれぞ!という名シーンはありますか?

たらればさん:「蛍」のシーンか、紫の上の最期のシーン(「御法」)でしょうか。

水野:紫の上の最期は選択肢⑬ですね。これも18%の票を集めている人気のシーンでした。
⑬ 二条院で盛大な法会を開き交流のあった人々へ別れを告げ、春の日の美しさに感嘆し、秋の日の寂しさに自らの運命を重ねる紫の上の達観と祈りと死のシーン[御法]
たらればさん:紫の上が自分の死期を悟って最期に法会を開いたとき、「世界の美しさ」に気づかせるという演出、パーフェクトですよね。本当にすばらしいです。

水野:『源氏物語』にはいろんな女性の苦しみが描かれていますけど、紫の上はそのなかでも最期まで苦しんだ人なのかなぁ、と感じていました。
滋賀県大津市の石山寺にある紫式部像
滋賀県大津市の石山寺にある紫式部像 出典: 水野梓撮影
たらればさん:これは以前、緩和ケアが専門の医師・西智弘先生との話でも出たんですが、これって現代にも通じる「最期」の問題なんですよね。

紫の上は作中で何度も出家したいと願い出ますが、夫である光源氏は「もう少しあなたと一緒にいたい」「出家しないでくれ」と止めます。

本人は自分が死ぬことを受け入れていて、安らかに死にたいと願い、「この方法で」と伝えるけれど、家族はそれを認められない――。

現代なら、本人は望んでいないのに家族だけが延命治療を選択して「一瞬でも長く一緒に生きていてほしい」と願うケースに近いですよね。本人も「家族がそう言うなら…」と自分を押し殺して気持ちが引きずられてしまうという。

水野:そうですね…。どちらの気持ちも分かるなぁ…。

「世界は美しい」紫の上の思い

たらればさん:本人にとって望む最期を迎えられないと、「死」という人生の一大イベントが「自分のもの」ではなくなってしまうんですよね。

紫の上の場合、もういろいろなことを諦めて出家したい、静かに自分の死と向き合いたい、と願っているのに、最愛の夫はそれを認めてくれない、どうすればいいんだ、と、そこまで追い詰められたところで、紫の上がどんな心境になったかというと……「ああ、わたしの生きているこの世界は、なんと美しいんだろう…」という1万点の答えになるわけですよ。

水野:何度読んでも、紫の上の最期のシーンは泣いてしまいます…。

たらればさん:ここは、原文で読み返しても鳥肌が立ちます。

夜が明けていって、花が美しくて、小鳥がさえずっていて…という情景描写が急に入ってきて、「よろづのこと、あはれにおぼえ給ふ」とつづられます。
たらればさん:きっと紫式部もここは腕によりをかけて書いたんだと思いますね。原文も美しいので、ぜひ読んでほしいと思います。

水野:それにしても、皆さんの『源氏物語』への愛を感じるアンケートになりましたね。

たらればさん:いや~皆さんの変なスイッチ押しちゃったなぁ、と思いましたよ(笑)。

水野:選択肢以外に寄せられた熱いコメントは、次回6月2日21時からのスペースで紹介させていただきます。
◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。
次回のたらればさんとのスペースは、6月2日21時~に開催します。

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