連載
#31 イーハトーブの空を見上げて
勝ちすぎない「盛岡竿」の魅力 釣り師の憧れ…漆を塗って螺鈿で装飾
盛岡市のアパートへの引っ越し作業を終えて、ご近所さんにご挨拶回りに行く。
大慈寺町で半世紀続く渓流竿の製作所「石澤和竿毛鈎(ばり)工房」。
和竿職人の石澤弘さん(78)は、少し頑固そうな方だった。
「竿というのは魚にしてみれば殺生道具ですからね」と石澤さんは私をにらみつけるように言う。
「雑に作ると魚に失礼になる」
竹で作られる盛岡竿は、特有のコシによって魚の素早い動きを吸収し、その感触が直接手に伝わるようにできている。
工程は数年がかりだ。
竹が水を吸い上げなくなる秋、県内の竹林で「篠(しの)竹」と呼ばれる2,3年の竹を採取する。
春まで外気にさらしてから3年以上室内で陰干しをし、火であぶって竹の油を抜く。
破損を防ぐために節に小さな穴を開け、強度を増すためにさらに火鉢であぶり、竹の曲がりを矯正する。
剣先やヤスリで「コミ」(竿の継ぎ口)を作った後、口が割れないよう外側に絹糸を巻いて漆を塗る。
漆が乾いたら再び火であぶり、竿の曲がりを直していく。
螺鈿(らでん)で装飾され、何度も漆を重ね塗りされた盛岡竿は釣り師の憧れであり、同時に繊細な芸術品だ。
東北地方をはじめ、全国から注文が舞い込む。
受ける際には顧客の好みを聞き、制作の途中で実際に竿を振ってもらうなどして、使用者の手になじむよう心がけている。
幼少期、北上川で釣りの楽しさを知った。将来は和竿職人になると決め、20歳で家業を継いだ。
半世紀前は盛岡に数多くいた職人も今では1人になってしまった。
「和竿の感触を一度知ったら、やめられません」と石澤さんは言う。
「市販の竿は道具が勝ちすぎているんです。竹竿の感触で魚をかけ、時間をかけて取り込むまでが釣りの楽しみ。強い道具でボンボン引き抜いたら、本来の意味で釣りを楽しむことなどできないのです」
(2022年4月取材)
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