連載
#17 コウエツさんのことばなし
ビャンビャン麺だけに使われる漢字 新聞紙面で使うことになったら
1文字57画の「レア漢字」
竈(かま)、禰(ね)、靡(なび)く、矜羯羅(こんがら)がっちゃう!……などなど。アニメ「鬼滅の刃」や、人気アーティストAdo、Snow Manの楽曲などで難しい漢字を見かけることが増えました。そんな難漢字の中でも「ビャン」は、過去にも話題になっている激ムズ漢字です。画数はなんと57で、ふだんは常用漢字を使う新聞にも登場したことがあります。こんな「超レア漢字」を一体どうやって載せているのか、裏側を紹介します。(朝日新聞校閲センター・原島由美子)
「ビャン」はしんにょうに月、馬、長、言、心などが入り組んでいます。
校閲記者は新聞やデジタルに登場するさまざまな文字を点検しています。難しい漢字も多く目にしてきました。
それでも2022年7月、朝日新聞別刷り「be」のコラム「街のB級言葉図鑑」で、「ビャン」が登場した時には、目が釘付けになりました。
コラムの筆者で、国語辞典編纂(へんさん)者の飯間浩明さんによると、きしめんより幅の広い麺を使う、中国・陝西(せんせい)地方の郷土料理「ビャンビャン麺」にしか使われない漢字です。
どうして、こんなに画数が多い字が生まれたのでしょうか。
飯間さんは「さまざまな由来が伝わっていますが、真相は不明です。この麺を料理した人が名付ける時に、注目度を上げようと、おもしろがって複雑にしたと考えられます」。
個人が創作した漢字を発表し、それが一般化していくことは、日本でも江戸時代には文化として浸透してきたそうです。
「このコラムでも『ビャン』を使いたくて」と飯間さん。この時、朝日新聞社が新聞で使う字に「ビャン」はありませんでした。使いたい字がない場合は作ります。
これまでも人名や地名などの漢字で「作字」をしてきました。明治から昭和にかけての活版印刷では、職人が木片や鉛合金などの角材に、1文字ずつ手彫りしていたのです。
この職人たちは、美しい文字や記号を彫って、活字のもとになる種字を作りました。種字彫刻師であり、「活字の種を作った人々」とも称されます。今でいえば書体デザイナーです。
飯間さんのコラムで、「ビャンの文字を作る」というミッションに挑んだのは、朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部で、作字を担当している小澤祥さん(38)。
大学時代は地理学専攻で、手書きで地図を作ることも。前職はグラフィックデザイナーでした。この小澤さんに、コンピューターでどう作字をするのか、教えていただきました。
……というのが、基本的な流れです。
よく手本にするのは、上下左右にバランスよく広がっている「東」や、一画目の点や「はらい」「はね」などが1文字に入っている「永」など。
「ビャン」は画数が多いため、小澤さんは「鬱(うつ)、臓、懸」など画数の多い複数の字を参考に、「インクでにじみ、つぶれる部分ができないように気をつけた」そうです。
「ビャン」を画数が多い漢字として以前から知っていた小澤さん。作字のリクエストを受けた時は、「『キター!』と。戸惑いとうれしさがありました」と振り返ります。
一方で、実際に作るとなると画数に圧倒され、不安もあったそうです。「作字に携わっている者として、『やってやろうじゃないか』と覚悟して取り組みました」
1文字を作るのにかかる時間は通常30分~1時間。「ビャン」は3日間もかかりました。
これまで数百文字をパソコンで作ってきた小澤さんにとっても「最も思い出深い1文字」になったそうです。
さて飯間さんの感想は?
「紙面でつぶれることもなく、拡大した時にクリアに見え、とても感動した」「予想以上の出来。度肝を抜かれた」と絶賛しました。
現在の朝日新聞の縦書き記事で使っている文字は、縦3.6ミリ、横3.9ミリ。
「ビャン」を作った時は、縦が今より約0.3ミリ小さいサイズでした。その1文字分の「小宇宙」に、57画という「巨星」を小澤さんは美しく誕生させました。
活版印刷時代の名工による彫刻の技や挑戦魂は、デジタルの時代になっても脈々と受け継がれているようです。
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