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原典のない源氏物語 「写本」新発見が大ニュース…後世に残す大切さ

2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました
2019年、新たに見つかった源氏物語「若紫」の写本「定家本」の冒頭部分。大ニュースになりました 出典: 朝日新聞、2019年10月、京都市上京区、佐藤慈子撮影

目次

紫式部が主人公の大河ドラマ「光る君へ」で、にわかに平安文学が脚光を浴びています。原典が残っていない「源氏物語」は、5年前に「写本」の1帖が新たに発見され、大きなニュースにもなりました。平安文学を愛する編集者のたらればさんと、記録や作品を残す大切さについて語り合いました。(withnews編集部・水野梓)

この記事は、大河ドラマ「光る君へ」第9回「遠くの国」の放送後、3月3日にXで開催されたスペースの内容を編集して配信しています

「源氏物語」の原典はないのに…

水野:そもそも紫式部が実際に書いた「源氏物語」の原典(直筆)というのは残っていないんですよね。

たらればさん:そうですね、「写し」だけが残っている状況です。

原典がなくなってしまったのは、冗談で「応仁の乱が悪い」と言われたりしますけども(苦笑)、むしろ「誰か」が「残そう」と思って写しを残してきた…というのが大事なところです。

なにしろ書かれたのは1000年前ですから、その頃の作品が残っていること自体が奇跡的なことなんですよね。「これは残すべき作品だ」と思った誰かが、手間をかけて残してきた。そういう思いが1000年分つながっているんです。

水野:たしかに。特に源氏物語はこんなに長い物語なのに…。

たらればさん:なるべく原典に近い写しがあったらいいな、と思ってしまうのが性(さが)というもので、これは「本文研究」といって、多くの研究者が取り組んでいる分野です。

いま残っている源氏物語はいくつかの系統に分かれるんですが、紫式部が書いたであろう源氏物語はどんな姿か、を研究するジャンルですね。

地道ですが非常に有意義な作業で、「おそらくはこうだったのではないか」という研究が積みあがっています。

「こっちのほうが近い」「いや、こっちの可能性が」といった各流派が、いまも日々、持論をぶつけ合っていて、そうした研究者の皆さんの積み重ねがあって、いまわたしたちは源氏物語を楽しめているんですね。

2019年に見つかった新たな「定家本」

たらればさん:2019年には、旧大名家の子孫宅(蔵)で「青表紙本(定家本)」の1帖が新たに見つかって大きなニュースになりました。
平安時代中期の長編物語で、紫式部作の「源氏物語」の写本のうち、最古とされる鎌倉時代の藤原定家(ていか)(1162~1241)筆の「若紫(わかむらさき)」の巻の写本がみつかった。現存が確認された定家筆の写本では5冊目となり、「若紫」の発見は初めて。
(中略)
2019年2月、三河吉田(みかわよしだ)藩(愛知県豊橋市)の大河内(おおこうち)家の当主、大河内元冬さん(72)の東京の自宅でみつかった。縦21.9センチ、横14.3センチで、納戸の長持(ながもち)の中に保管されていた。
2019年10月9日付 朝日新聞紙面より引用
水野:5年前!?意外と最近でも見つかるんですね!

たらればさん:「青表紙本」は、鎌倉時代初期の歌人・藤原定家が校訂した写本のことで、「定家本」とも呼ばれています。

平安時代末期から鎌倉時代にかけて生きた人たちは、まぁ当然はっきりした自覚はなかったでしょうけど、「もう貴族の時代は終わりなのかもしれない…」という意識があったわけですね。鎌倉の武士政権によって帝が退位させられたり、流罪になるわけですから。

その時代に生きた藤原定家は、百人一首を選んだ人でもあります。「王朝文化、貴族の時代とはなんだったのか」、「その集大成を残すべきじゃないか」と考えたんだと思います。

そこで藤原定家は、平安時代に生まれた文学作品をなるべく原典に近い形で書き写して残そうとするんです。そしてすばらしいことに、自分の子孫にも「これをやりなさい」と伝えたんですね。

藤原定家一族は、これこそが我が家の仕事であると定めた貴族です。日本の古典文学の火を灯した人でもあると思っています。
見つかった「若紫」の写本。定家が「水」と加筆し、校訂した痕跡
見つかった「若紫」の写本。定家が「水」と加筆し、校訂した痕跡 出典: 京都市上京区、佐藤慈子撮影、朝日新聞
水野:藤原定家のおかげで後世に残ったものもあったわけですね…。

たらればさん:藤原定家と冷泉家がなければ、おそらく源氏物語も枕草子も、今とは違う、もっと別のかたちで伝わっていたんだろうなと思います。

彼は80歳で亡くなる数年前まで写本を続けていたんですが、当時すでに、紫式部が書いた「原典」は残っていなかったとされています。そこでいくつかの写本を集めて、それぞれの違いを系統立てていって、違いが少ない形でまとめたんですね。

水野:おぉ、すごい…。今の研究者さんと同じことをすでに行っていたんですね。

たらればさん:彼はそれを青い表紙でとじていたので、「青表紙本」と呼ばれています。

源氏物語が生まれてから220年後ぐらいに作られたわけですが、「そういうかたちでまとめられたのであれば信用性が高かろう」という評価なので、それが新たに2019年に見つかったとなると…。

水野:それはもう大騒ぎですね。
見つかった源氏物語「若紫」の写本の表紙。青表紙本の表紙で、「わかむらさき」と記されれています
見つかった源氏物語「若紫」の写本の表紙。青表紙本の表紙で、「わかむらさき」と記されれています 出典: 京都市上京区、佐藤慈子撮影、朝日新聞
たらればさん:自分も興奮が止まりませんでした。かつて源氏物語を訳した谷崎潤一郎や田辺聖子先生もさぞ見たかっただろうなと思います。

日本語って、ほんのひと言で大きく意味が変わってしまうじゃないですか。紫式部はここをどう書いたんだろうか、というのを知りたかったと思います。
当時のたらればさんのツイート。思わずスマホゲーム「FGO」でたとえてしまうほどの驚きでした
当時のたらればさんのツイート。思わずスマホゲーム「FGO」でたとえてしまうほどの驚きでした

様々な立場の人が描写した作品、時代を知る

水野:スペースのリスナーさんから、「源氏物語」と「大鏡」との関連はありますか、という質問が届いていました。「大鏡」は平安時代後期に成立したとみられる、作者不詳の歴史物語ですね。

たらればさん:源氏物語が執筆された平安時代中期、この頃の世相を記録する手法はいくつかあって、まずは漢文で記された男性の日記ですね。道長の「御堂関白記」、藤原実資の「小右記」などです。

そしてもうひとつが女性が書いたとされる仮名による散文、「栄花(栄華)物語」や「紫式部日記」ですね。当時の政治や生活、恋愛事情などを描いています。そういう意味では源氏物語も、当時の風俗や人々の考え方を知る手がかりになります。
京都・廬山寺の紫式部を描いた押し絵=2024年1月、京都市上京区、筒井次郎撮影
京都・廬山寺の紫式部を描いた押し絵=2024年1月、京都市上京区、筒井次郎撮影 出典: 朝日新聞
たらればさん:では「大鏡」は何かというと、ぼくは漢文の記録と仮名の日記+物語の中間ぐらいにあたるものだと考えています。

「大鏡」は藤原氏に対して皮肉めいたことも書いてあって、日記や物語よりは史実寄りで、書き手の見た日々の史実や感想しか記していない記録よりは物語寄りな作品です。

「大鏡」筆者の批判精神がにじんでいて、あー、書き手は当時の政治状況からは逃れられないんだな、と思いますね。

書き手の属性や性別、階級といったものが「筆に宿る」。作者はどこまでいっても自分であることから逃れられないわけです。その「自分」を背負った作品を、どこまで遠くに飛ばせるのか…というのが作品の力でもあるんですけどね。

「一条帝の時代」というのは日本文学がひとつの頂点を迎えた時期といえるのですが、そういう時代の宮中の様子を、紫式部日記、枕草子、栄花物語、大鏡、各種古記録、そして源氏物語と、様々な立場の人が様々な思いで残した作品によって知ることができる…というのは、やっぱり幸せなことだと思います。

清少納言の描かれ方「100点満点」

水野:たらればさんの〝最推し〟清少納言(ファーストサマーウイカさん)の、大河ドラマでの描かれ方はどう感じていますか。

たらればさん:もう100点満点です。ドラマでは19,20歳ぐらいで登場したんですが、その頃の清少納言の記録ってほぼ存在しないんですよ。

そもそも清少納言は、枕草子と清少納言集しか著作が残っていないし、ほとんど記録がないので、28歳で藤原定子さまに出仕するまで彼女がどんな生活をしていたか、おぼろげにしか分からない。

これまでぼんやりと想像で埋めるしかなかったんですが、もうそれが、わたしのなかでは「ファーストサマーウイカさんみたい」になってきました。

水野:それは素敵!
たらればさん:でもそれだけに、これから定子さまが没落していく先が怖いですけどね…。未来…、過去? どっちでもいいか、ともかくドラマの今後の運命が分かっているのが非常にイヤですね…。

水野:とはいえたらればさん、大河ドラマを通じて道長のことも好きになってきてますもんね。

たらればさん:そうなんですよ……。第9回で道長の父・兼家が「これより力のすべてをかけて、帝を玉座より引き下ろし奉る!」と言うシーンがありましたよね。「寛和の変」と呼ばれるクーデターです。
たらればさん:恐ろしいことに、今後、道長が権力を駆け上る過程で、確執のあった三条天皇(木村達成さん)に対して似たようなことをやるわけです。

水野:父と同じ道を…。たらればさんの情緒がもつのか、今後も心配です。

たらればさん:情緒を乱されながら、みなさん一週間、一緒に生き延びていきましょうね…!
◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。
次回のたらればさんとのスペース(https://twitter.com/i/spaces/1OdKrjeLXdQKX)は、4月7日21時~に開催します。

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