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「私ってゴリラだからさ」発言 芸大生〝ゴリラ女学院〟構想した理由
東京芸術大学の卒業・終了作品展 記者が見たものは…
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東京芸術大学の卒業・終了作品展 記者が見たものは…
東京芸術大学の卒業・終了作品展に、毎年足を伸ばしている筆者。今年は、架空の女子校「ゴリラ女学院」の展示に目が釘付けになりました。〝校長〟に話を聞いてみると、構想のきっかけは「私ってゴリラだからさ」という、よく女子校の生徒たちが自虐的に使う言葉だったそうです。
東京・上野の大学構内にある美術館に展示された学校の名前は「大猩猩女学院(ゴリラ女学院)」。通称「ゴリ女」です。
近づいてみると、学校のリーフレットが置いてあり、紹介動画も流れています。
ゴリ女のカリキュラムには「疑似ゴリラ生活」や「ゴリラ留学」もあるそうで、制服の腕部分にはふさふさの黒い毛がついています。
まさか、本当にこの学校ができるのでしょうか?
〝校長〟でもあり、作品の制作者は東京芸術大学大学院・美術研究科デザイン専攻の戸澤遥さんです。この学校は昨年10月から卒業制作のために構想してきたものでした。
戸澤さんは、学生として最後となる作品のテーマを「女子校」と決め、当初は女子校での楽しいエピソードを集めたものを考えていたそうです。
でも、周りに聞いてみると「おじいちゃん先生が人気あるよね」といったようなあるあるエピソードばかり。「アイデアにオリジナリティがないなっていうことに気づき始めた」といいます。
なかには、「自立した女性を育てると掲げているのに、学校の要職は男性ばかりじゃん」というように女子校に懐疑的な声もありました。
そんな意見を聞いてまわるうちに、女子校生の間でよく使われるという、ある言葉が気になってきました。
「私ってゴリラだからさ」
自信満々に言っている、でもちょっと自虐的な言い方にも感じる…。
戸澤さんは、女子校では、自立した女性として成長するよう教育を受けつつ、一方で開放的に過ごすことが多いため、いわゆる『女性らしい』振る舞いが苦手だと感じる傾向にあるのではないか、と分析します。そして、そのコンプレックスから『私ってゴリラだからさ』と表現し、『ゴリラという盾』で自身の心を守ろうとしているのではないか、と考えたそうです。
並行してゴリラの生態も勉強していくうちに、「乱暴」「野性味あふれる」イメージが強いけれど、「けんかをするときに優劣をつけない」といったしっかりとした行動原理を持ちつつ、ありのままに生きていることが分かったそうです。
そんなゴリラをマイナスなイメージで使うのは、「自身を否定することにもなるし、ゴリラに対しても失礼なんじゃないかな」。そうして、戸澤さんはこう思ったのです。
「実際の生態に沿った、本物のゴリラになる学校をつくろう」
コンプレックスから解放され、真のゴリラの誇りを身に着けるための学校――。「ゴリ女」の教育理念には、三つの大きなポイントが挙げられています。
こうした理念のもと、「自分を肯定するために、ゴリラの考え方を取り入れる教育」を行うとしています。
戸澤さんに、作品をつくるときに気をつけたことを聞くと、「実現しそうなリアリティを持つこと」だと答えてくれました。
例えば、「ゴリ女」のリーダーとなる学生が身に着ける「シルバーバック制服」。
ゴリラの群れでは、オスゴリラが成長すると背中が銀白色になるため、リーダーは「シルバーバック」と呼ばれています。この身体の変化を制服にあてはめました。
作品でつくった動画に登場する学生リーダーも、「力強く引っ張っていく」というよりも、ゴリラの生態にあわせて「自然体で周囲がついていきたくなるようなタイプの生徒」をイメージしたとのことです。
より現実にありそうな学校にする、と同時に、ゴリラのインパクトを借りた作品である以上、ゴリラへの敬意を忘れないということをポイントにしたといいます。
「ゴリラの学校ですって言って、挨拶はウホウホですとか、給食がバナナですとかじゃ台無し。表面的な特徴ではなくて、ゴリラの行動から学ぶことが大切なんです」
構想を進めていくうちに視野も広がっていったといいます。
秋にあった学内の講評では、ちょうど中高生の子どもがいる教授たちから「ゴリラに育てる学校に、うちの娘が入ったらどう教育するわけ?不安で入れたくないなあ」という意見も出たそうです。
これまで「こんな学校があったらいいな」という生徒の視点で向き合っていたので、「親から見ても『信頼して娘を入れたい』と思えないと」と考え、教育内容を明確にして作品を深掘りしていったといいます。
作品に向けて、校章やリーフレットもつくりました。作成したリーフレットは1週間の展示期間で2000枚近くが来場者の手に渡り、制服にも「かわいい」という来場者も多かったそうです。
来場者から寄せられたコメントでは、ジェンダーの研究者やゴリラの動画をYouTubeにアップする人、女性のほか男性からも共感の声がありました。
「女子のエンパワーメントの作品なんですけど、興味を示す男性も多かった。女子校を知る人だけが共感して、ほかの人が置いていかれるという作品にならなくてよかったです。男子校出身の人が共感してくれたりもして、結果的にさまざまな立場からみて共感ポイントのある作品になったかなと感じています」
本来は、「私は女性らしくできない」と女性が自虐したくなる社会に対して問題提起するべきなのに、「なんで女の人が変わらなきゃいけないのかな」と、作品を構想する過程で「自分で自分にツッコミを入れた時期もある」と話す戸澤さん。
「でも、問題提起で終わらず、もうちょっと進んでポジティブな提案をする。今回で言えば、『新しい学校を作る』ということが作品の挑戦でした」と話します。
「たとえ架空であっても、ありのままを肯定する学校を作れば、より自由な価値観を持った世代が社会に出ていくことになり、そういった人々が未来の社会をより良い方向に変えていくことに繋がるのではないかと考えたんです」
「私自身、『もっとこうしなきゃ』と自分にプレッシャーをかけがちなんですけれど、作品に見合った人間になろう、ありのままで良いんだ、と作品から教わるという不思議な現象が起きました」
最後に、改めて「私ってゴリラだからさ」と言うことについて、戸澤さんがどう思うのか、聞きました。
「言うこと自体はいいと思います。(〝ゴリ女〟を構想した)私が使うとしたら、ゴリラが味方になってくれた感覚になって、勇気が湧いたり安心できたりするポジティブなエネルギーに繋がるから。わざわざ自分を『ゴリラ』って言うんだから、格好いいイメージで使いたいですよね」
取材するうちに、記者もゴリラの生き方を学びたくなってきました。そして、ゴリラの生態に関する本を買ったのは、また別のお話です。
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