連載
#27 イーハトーブの空を見上げて
厳寒期だけの「紙すき」を続け…800年の伝統をつなぐ和紙の里
2月中旬、岩手県一関市の東山地区。
室温1度の作業場で「ピシャリ、ピシャリ」と水の揺れる音が響く。
東山和紙の職人鈴木英一さん(79)は数十分ごとに紙すきの手を止める。
「手がかじかんで動かなくなるのです。ずっと冷たい水の中に浸しているから」
作業場の隅へと向かい、練炭で温めたお湯に浸したタオルで手をくるむ。
「ほおっ」と息を漏らす鈴木さんを、タオルから立ち上る真っ白な蒸気が包み込む。
かつて黄金時代を築いた平泉中尊寺。
その東方に位置し、京都の東山に似ていることから、この地域は古来、「東山」と呼ばれた。
約800年の伝統を持つ「和紙の里」。
昭和初期には約280軒で行われていた紙すきは、今は2軒に減ってしまった。
「和紙の需要が大幅に減ってしまったからね。昔は畳と障子がある家がほとんどだったが、いまでは洋風の家が増え、畳がフローリングに、障子がカーテンになった。時代が変わったんだ」
東山和紙は多くの手間暇をかけて作られる。
畑で栽培しているコウゾを春に刈り取り、大釜でゆでる。
外側の黒皮をはいで機械で叩いた後、ソーダ灰を入れて煮沸し、繊維がばらばらになるまでほぐす。
「すき舟」と呼ばれる水槽に原料を入れた後、自家栽培した「ネリ」と呼ばれるトロロアオイの根から出る粘液を入れ、竹の棒でかき混ぜる。
「すげた」を水面に左右に揺り動かしながら、1枚1枚、丁寧にすいていく。
雪深い山里で、鈴木さんが紙をすくのは12月から2月の厳寒期だけだ。
「水温が上がると、ネリの粘度が弱まり、どうしても紙が厚くなる。薄い、高品質の紙がすけなくなるのです」
後継者は、いない。それでも「地域の伝統を消さぬよう、体力が続く限り続けていきたい」と言う。
「東山和紙はね、良いと思いますよ。なんと言っても『丈夫で長持ち』ですから」
光の中で吐き出す息を銀色に輝かせながら、うれしそうに話す。
「日の光に当たると、年を経るごとに白くなっていく。だから障子にはもちろん、巻物に使っても、字が美しく見えるのですよ」
(2022年2月取材)
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