水族館で人気者のマンボウの仲間に、姿形がよく似た「ウシマンボウ」という種がいます。日本近海に生息する魚ですが、昨年末に小笠原諸島で「日本最小記録」を更新する個体が漁獲されました。「さぞかし小さかろう」と思いきや、地元の人々も「これで最小?」と驚くほどの大きさです。マンボウとの違いや、「小さなウシマンボウ」が日本で見つかりにくい理由とは? その後に小笠原で振る舞われた、珍しいウシマンボウ料理も紹介します。(ライター・野口みな子)
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このウシマンボウが釣り上げられたのは、2023年12月19日のこと。小笠原諸島の父島と母島の間の海域で、地元の漁師がキハダマグロを狙った延縄漁をしていたところ、普段はあまり見かけないマンボウ型の魚がかかっていました。
その全長は116.8cm。70kgを超える重さで、大人1人では持ち上げられないほどのサイズです。しかし、「海とくらしの史料館」(鳥取県境港市)の特任マンボウ研究員・澤井悦郎さんによる調査の結果、日本で漁獲されたウシマンボウの最小記録を更新することがわかりました。この発見は、2月に魚類の査読付きオンラインジャーナル
Ichthyで論文として出版されています。
小笠原で漁獲された日本最小記録のウシマンボウ 出典: 小笠原島漁業協同組合提供
当時、漁業協同組合から水揚げの連絡を受け、澤井さんに情報提供をした東京都小笠原水産センターの職員・筒井真美さんは「小笠原でマンボウ類が水揚げされるのは年に1度あるかないかという珍しいことで、まさかこんな大きな個体が日本最小とは」と驚きを隠せません。
「ウシマンボウ」とは、日本の水族館でおなじみの「マンボウ」と同じ「マンボウ属」に分類される魚。マンボウに比べて、成長すると頭部や下あごの下が隆起するなどの特徴がありますが、その姿は専門家でないと見分けがつかないほどそっくりです。
マンボウ属2種の成魚の見分け方 出典: 澤井悦郎さん提供
マンボウもウシマンボウも日本近海に現れ、大きいものでは全長3m近くまで成長するという共通点もあります。しかし、マンボウの場合は日本でも全長20cm台の小型個体が発見されている一方、これまでのウシマンボウの日本最小記録は山口県沖(日本海側)で漁獲された全長120.2cmでした。ウシマンボウのほうが1m近く大きいのです。
同じような見た目なのに、日本では見つかっていない「小さなウシマンボウ」。一体どうしてなのでしょうか?
マンボウやウシマンボウは、一般的に流通する魚に比べて漁獲量や研究者が少ないことから、成長段階における分布や繁殖・産卵など、詳しい生態がよくわかっていません。
そもそも、「マンボウ属」には現在3種いることがわかっていますが、見た目もよく似ているため、長らく「マンボウは1種類しかいない」という認識が広がっていました。つまり、生態の「違い」もあまり知られていなかったのです。
珍しい水玉模様のウシマンボウ=2006年6月17日 出典: 朝日新聞
しかし、日本の海で漁獲される個体の大きさが違うことなどから、澤井さんは「マンボウとウシマンボウは好む水温が異なるのではないか」と分析しています。
「ウシマンボウの小型個体は日本より南の海域で見つかっているので、体が小さい頃は温暖な海域で暮らし、ある程度大きく成長してから日本に北上してくるのではないかと考えています。実際、日本で確認されているウシマンボウは、マンボウに比べて大きな個体が多い傾向にあります」
北九州市立いのちのたび博物館(福岡県)所蔵の全長3.3mのウシマンボウの剝製=2019年1月
ちなみに、千葉県鴨川市沖で発見された全長2.7m、重さ2300kgのウシマンボウが「世界一重い硬骨魚」としてギネス世界記録に登録されたことがあります。その後、大西洋中央部に位置するポルトガル領のアゾレス諸島沖で発見された個体(2744kg)に記録を塗り替えられたものの、日本は巨大なウシマンボウが出現する地域なのです。
澤井さんによると、小笠原沖ではなぜかマンボウの明確な記録はなく、ウシマンボウしか見つかっていないといい、「これも好む水温の違いに関係しているかもしれない」と話しています。
2022年にギネス世界記録に「世界一重い硬骨魚」として登録された、アゾレス諸島で発見されたウシマンボウ
今回の発見について、澤井さんは「どこでどんな大きさの個体が出現するのかを知ることは、謎の多いマンボウ属の生態を知るうえで非常に重要」と語ります。
「全長50cm以下の小型のウシマンボウはニュージーランド沖で見つかっていますが、より小さな個体が発見されれば、繁殖や産卵がどこで行われているかを知るヒントになります」
「マンボウ」は2015年に、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストにおいて絶滅危惧種に指定されましたが、「ウシマンボウ」はまだ評価がなされたことがありません。「生態や分布が詳しく理解できれば、適切な保護や管理にもつながっていく」と澤井さんは期待を込めます。
こちらはマンボウ。舵びれ(尾びれのように見える部分)が波打っているのが特徴 出典: Getty Images
今回澤井さんに情報提供した東京都小笠原水産センターの筒井さんは、「漁協からの『これは何マンボウ?』という問い合わせがきっかけだった」と話します。
小笠原水産センターでは、漁業の支援のほか海洋資源の調査・研究を行っており、小笠原の水生生物を展示する「小さな水族館」も運営しています。普段から、地元の漁師や子どもたちから「展示用に」と釣った魚が持ち込まれたり、珍しい魚がとれると「新種なのでは?」という連絡があったりするそうです。
「マンボウ属に『マンボウ』以外の種がいること自体があまり知られていないと思うのですが、こうした問い合わせがあるように、小笠原の漁協には魚への知的好奇心が高い人が多いと感じています」(筒井さん)
筒井さんは問い合わせを受け、澤井さんが運営するサイト「
マンボウなんでも博物館」などを参考に種類の見極めに挑戦。しかし、あまりに違いが微妙だったため難航し、直接本人に連絡したところ、今回の発見につながりました。澤井さんは「成長途中のマンボウ属の特徴を見分けるのは非常に難しく、最終的に筒井さんが撮影してくれていたウロコの拡大写真がウシマンボウである決め手となった」と振り返ります。
今回水揚げされたウシマンボウが行き着いた先は、地元の居酒屋でした。身は湯がいてサラダにしたり、ホルモンや腸は味噌焼きやポン酢和えにして振る舞われました。店には筒井さんも駆けつけ、生まれて初めてウシマンボウを食べたそうです。
「お肉は鳥のささみのような淡白な味わいで、腸ポン酢がコリコリと歯応えが良くおいしかったです。子どもたちにはホルモン味噌焼きが好評でした」
お店で振る舞われたウシマンボウ料理 出典: 筒井真美さん提供
謎だらけなマンボウ類の研究が進みにくい背景のひとつとして、商業的な価値が低いことが挙げられます。つまり、食べたり、加工したりすることが少なく、「お金になりにくい」ことにあります。需要が高い魚であれば、世界中で漁獲されて資源が管理されたり、養殖のために生態を研究したりする動きも生まれます。
実際に、小笠原諸島では稀にマンボウ類が漁にかかっても、船に上げるには大きく、高値で売れる魚でもないため、海上でそのまま逃がすことがほとんどだそうです。しかし、今回水揚げされて記録に残ったのは、比較的「小さかった」ことももちろんですが、筒井さんは「島にマンボウ類を買ってくれそうなお店ができたこともひとつの理由ではないか」と話していました。
マンボウ類の身は傷みやすいこともあり、マンボウ料理が大流行する未来はなかなか想像できませんが、こうした「小さな需要」がきっかけとなって今回の発見につながっているとしたら、マンボウ類の生態解明につながるかすかな希望になるかもしれません。
澤井さんは自身のサイト「
マンボウなんでも博物館」でマンボウに関する情報提供を呼びかけています。