連載
#24 イーハトーブの空を見上げて
ほんのり温かい500円玉… 豪雪のなかの寒行托鉢、信仰が息づく町
大雪の朝、岩手県奥州市の正法寺に電話をかけて、寒行托鉢の同行を願い出る。
「覚悟はいいですか。ずいぶんと寒いですよ?」
電話口の僧侶にそう問われ、少しひるんだ。
「ええ」と答えて車に乗り込んだものの、すぐに後悔した。普段なら一関支局から40分あればつける道のりが、雪の山道で2時間以上も掛かってしまった。
正法寺は1348年に開かれた東北地方最初の曹洞宗寺院だ。
「日本一のかやぶき屋根」といわれる国指定重要文化財の巨大な法堂が有名で、今も全国から僧が集まり、修行を続けている。
寒行托鉢は正法寺の僧侶たちが冬場に行う、奥州市の冬の風物詩でもある。
気温零下2度。降りしきる雪の中を僧侶たちは念仏を唱えながら町を練り歩いていく。
狭い通りを抜ける度に「チリン、チリン」と鈴(りん)が鳴る。
その音に誘われるように民家や商店から住民たちが飛びだしてくる。
黒い鉢に浄財を投じ、両手を合わせて頭を垂れる。
僧侶の海野義範さんが教えてくれた。
「雪が降っていると、歩いているうちに手足がかじかんできて、終わった時には動かなくなるんです」
それなのになぜ、寒行托鉢を続けるのですか?
愚問に正法寺山主の盛田正孝さんが答えてくれた。
「普段の修行では知り得ないことを学べるときがあります。浄財を受け取ると、500円玉がほんのりと温かかったりする。彼らがずっと握りしめて待っていてくれたのだと思うと……」
雪中でさい銭を投じた初老の女性に話を聞こうとすると、柔らかく断られた。
「特別なことは何もしていません。ここでは至極当たり前のことです」
この町では今も暮らしに信仰が息づいている。
(2022年1月取材)
1/219枚