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連載

#31 名前のない鍋、きょうの鍋

〝自分の1冊〟手渡したい 赤だし味噌だれで味わう、名前のない鍋

岡山・倉敷で2016年から絵本屋を開く都築照代さん。絵本は「優しく効く、副作用のない心の薬」だといいます
岡山・倉敷で2016年から絵本屋を開く都築照代さん。絵本は「優しく効く、副作用のない心の薬」だといいます 出典: 写真はいずれも白央篤司撮影

みなさんはどんなとき、鍋を食べたくなりますか。

いま日本で生きる人たちは、どんな鍋を、どんな生活の中で食べているのでしょう。そして人生を歩む上で、どう「料理」とつき合ってきたのでしょうか。

「名前のない鍋、きょうの鍋」をつくるキッチンにお邪魔させてもらい、「鍋とわたし」を軸に、さまざまな暮らしをレポートしていきます。

今回は、岡山で絵本のお店を開く女性のもとを訪ねました。

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名前のない鍋、きょうの鍋
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都築照代(つづき・てるよ)さん:愛知県犬山市生まれ。旧姓・服部。大学時代に教職と司書の資格を取り、卒業後に名古屋の会社に就職。25歳のとき結婚して退職、夫の転勤に伴い日本各地で暮らす。子育てをしつつ図書館で司書として働き、2016年に岡山県倉敷市に『つづきの絵本屋』(https://tsuzukinoehonya.com/)をオープン。二子あり、現在は夫とふたり暮らし。

倉敷駅から歩いて15分かからないぐらい、住宅街を入ったすぐのところに『つづきの絵本屋』はあった。

ホームページを見れば、せわしない現代だからこそ「絵本で子育てをする時間を持ってほしい。絵本は大人にも子どもにも優しく効く、副作用のない心の薬です」とある。素敵な言葉だなと思った。

こんな言葉をつむぐひとを取材してみたくなり、店主の都築照代さんに依頼メールを送ってみたら「私でよければ」とお返事をいただけて、うれしかった。

「お鍋の取材ということで、子どもたちに聞いてみたんですよ。お母さん、どんな鍋よく作ってたーって。そしたら『味噌おでん!』ってどっちからも返ってきて。私、出身が愛知県の犬山市なんです。食べたことありますか、味噌おでん?」

はい、名古屋であります。最初食べたときは濃い茶色の汁に驚きました。

「ああ、そういうのもありますけど、うちのはお出汁で具を煮て、小鉢にとってから味噌だれをかけるんです。私も小さい頃からおでんはずっとこれで」

そうか、東海地方でおなじみの味噌おでんには2タイプあるのだった。味噌を溶いた汁で煮込むおでんと、煮た具材に味噌だれをかけて食べるおでん。家によっても違うし、気分で両方を作り分ける人もいる。

明朗で話好き、初対面から相手をまったく警戒させない。照代さんとお会いしてそんな印象を持った。

お店では絵本の読み聞かせもよくされるそうだが、子どもたちを自然とワクワクさせるような雰囲気づくりもうまそう……なんて想像をしつつ、料理されるさまを見ていた。

大根の皮が次々にスイスイとむかれていき、動作に無駄がない。包丁が手になじんだ人の料理だ。小さい頃から料理はされていたという。

「両親は商売で忙しかったから、子どもたちもよく料理していたんです。祖母から料理のほか、編みものや百人一首なんかも習いましたね」

話をしながら手がよく動く。こんにゃくに切れ込みを入れて鍋に入れ、ちくわ、豆腐、ゆでたまごも詰めていく。かつおと昆布の出汁を張って煮始めた。

出汁と醤油、そして大根や練りものの香りがだんだんと煮合わさって、おでん独特の香りが部屋に満ちてくる。

これが照代さんが子どもの頃から、そして照代さんのお子さんたちも嗅いできた「家のにおい」のひとつなのだろう。

25歳で結婚するまで地元の愛知県で暮らし、それから長いこと夫の転勤に伴う生活が続いた。

鹿児島、大分、岡山、栃木、埼玉と各地をめぐりながら二子に恵まれたが、転居と転校の連続は大変だったのではないだろうか。

「上の子どもが中学のときには1年ほど単身赴任してもらったこともあるんですが、やっぱり親って子の成長を一緒に見てなんぼだな、思春期の間は一緒にいようと思ったんです。『お父さんなんて私のことをそんなに知らないくせに』と大きくなって言われたら、かわいそうだから」

家族はまた一緒に暮らし始める。そして照代さんは現在の絵本店経営につながる仕事も始めていた。図書館の勤務である。

と……ここまで伺ったところでまた別の食欲を誘う匂いが漂い出す。鍋のとなりで炒めているのはひき肉だろうか?

照代さんの家では欠かせない、三重県桑名市『サンジルシ』の赤だし味噌。三重県の一部も豆味噌文化圏である
照代さんの家では欠かせない、三重県桑名市『サンジルシ』の赤だし味噌。三重県の一部も豆味噌文化圏である

「おでんに付ける肉味噌を作ってるんです。合いびき肉を炒めて、赤だし味噌と水、砂糖を加えて煮詰めれば完成。これは母の味ですね。お店が忙しかったから、母が料理するときは一度にたくさん作っていました」

煮ものなんか大量に作ってた、母は(お客さんに売るのが)上手な人でしたねえ……としばし遠い目になりつつ、教えてくれる。ご両親はもう他界されているとのことだった。

さて照代さん、大学時代に司書と司書教諭の資格を取得していた。小さい頃から大の本好きで、「いつか本に関わる仕事を」という思いがずっとあったようだ。

公立や大学の図書館で働くうち、幼少期の読書環境の大事さを痛感することが多く、小学校で働く道を選ぶ。

「本って読まない子は読まないと思われがちですが、“自分の1冊”に出合うと変わるんです。私ね、用が無くても入ってきたくなるような図書室を作りたかった。本との出合いが家庭でない子には図書室しかないんですから」

だが図書室の利用時間がごく限られる学校もあれば、人員不足で整理のままならない学校もある。「学校図書館格差」をなんとかしたい、図書室をもっと楽しく魅力的な場所にして、子どもそれぞれの興味に合った本が見つけやすい環境を整えたい。意欲に燃えた。

「本って“手渡す人の存在”が必要なんです。子どもの特性を見て、何をしていると時を忘れるのかていねいに聞いて、ぴったりな本を手渡す。興味のあることは多少むずかしくても読めます。そして仲のいい子が『あの本面白かった!』っていうと、興味のない子でも読んでみたくなる」

やりがいを強く感じたが、校長や市の方針によってもできることは限られる。もっと自由に本と人とを繋げる場所をつくりたい。近い将来に絵本の専門店を開こう、という夢を持った。

「そしたら夫が『早めにやってみたら』というんです。もしうまくいかなくても、自分が働いている間だったら生活もなんとかなるし、帰ってこられる場所があるわけだから、って」

聞いていて思いの温かさに心がうずく。いいご夫婦だなあ……。

「単身赴任していたとき、私が『やっぱり家族一緒に暮らそう』と言い出したのが本当にうれしかったらしくて。当時はそんなこと全然言わなかったのに(笑)」

夫さん、少しでも早く夢を叶えさせてあげたかったよう。思いの素敵なキャッチボールである。

「早く煮えるよと聞いていた大根、本当に早く煮えました!」

照代さんが驚きつつうれしそうな声を上げた。青果店のご主人が「早煮えで味がいい」と太鼓判を押してくれた大根だったらしい。

続いて出してくださったのが、「おでんといえばこれがセット」という菜めし。そうだ、東海地方では「味噌田楽に菜めし」が郷土の味で有名だったなあ。

照代さんは大根の葉を刻んで醤油で軽く炒め、ごはんに混ぜて作られていた。大根と葉の両方を一度に使える組み合わせでもある。

いただいてみれば、醤油はほんのり香る程度。出汁のうま味がしみ込んだおでんにコク深い甘めの味噌だれがよく合う。

さっぱりした味わいの菜めしといいペアで、伝統的に愛されてきたセットの妙を思った。

さあ、夢を実現させるまでのつづき。

お店をつくる場所は、かつて転勤で暮らした岡山県に決めた。倉敷というまちの雰囲気や波長にしっくりくるものを感じられたよう。

いざ探してみたら理想的な物件や建築士の方との出合いもあり、話はとんとん進み、2016年『つづきの絵本屋』はオープンする。

「続きを知りたくなるような本と出合えるという思いと、自分の名字をかけて店名にしました。倉敷の人たちにも助けられましたね、すぐに受け入れてくださって。本を売るだけじゃなくコミュニティの場にしたいという思いがありました。本好きが繋がる場にもなってきて、願いは叶っています」

好奇心や探求心、バイタリティがいっぱいに詰まっているのを照代さんと話していて感じる。きっと、新たな夢もお持ちに違いない。

「いつか絵本のテキストを書けたらいいな、と思っています」

にっこり笑いながら教えてくれた。どんな話が本の中に広がるのだろう。

「さく つづきてるよ」の文字が載った絵本を楽しみに待ちたい。

照代さん特製の味噌だれ、おでんのたまごとの相性が抜群だった
照代さん特製の味噌だれ、おでんのたまごとの相性が抜群だった

取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター。「暮らしと食」をテーマに、忙しい現代人のための手軽な食生活のととのえ方、より気楽な調理アプローチに関する記事を制作する。主な著書に『自炊力』(光文社新書)『台所をひらく』(大和書房)など。2023年10月25日に『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)を出版。
Twitter:https://twitter.com/hakuo416
Instagram:https://www.instagram.com/hakuo416/

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白央篤司『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)

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