連載
#23 イーハトーブの空を見上げて
「部活よりきつい」 伝統芸能〝田植踊〟を引き継ぐ野球部バッテリー
「ほら、また男に戻ってるぞ。若い女性なんだから、もっと内股で、つま先で歩け」
午後9時。岩手県紫波町の山奥にある山屋地区集落センターの集会場に、指導役の八重畑史広さん(42)の声が響く。
約800年前から山屋地区に伝わる伝統芸能「山屋の田植踊」。毎年1月の小正月に五穀豊穣を願って踊られ、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
演舞の山場は、色鮮やかな着物を身につけた早乙女(しょうとめ)が、頭にかぶった花笠を美しく回転させる「笠ふり」だ。
実は今、この最大の見せ場である「笠ふり」を地元中学の野球部員が担っている。
今年、早乙女を演じるのは、八重畑さんの次男で中学2年の尊さん(14)と、共に中学3年の梅沢悠斗さん(14)と大弓隼人さん(15)の3人だ。
父の指導の下、幼稚園から踊り続けてきた尊さんに比べ、一昨年に加わったばかりの梅沢さんと大弓さんは「内股がつりそう」「めまいがしそうになります」と、笑いながらも顔をしかめる。
八重畑さんが2人に声を掛けたのは約2年前。地区内で担い手が少なくなったため、集落の住民ではないものの、体力も根性もある若者2人に白羽の矢がたった。
「笠ふり」は内股で腰を落とし、激しく頭を振るため、技術と体力が求められる。
当時2人は地元中学の野球部員。梅沢さんは投手、大弓さんは捕手で、昨夏に引退するまで、バッテリーを組んでいた。
八重畑さんは少年野球の監督も務めていたため、小学生のころから2人をよく知っていた。
八重畑さんは笑いながら話す。
「『野球部の練習よりきつい』と弱音を吐いたりもしますが、日に日に成長を続けており、2人には大いに期待しています」
梅沢さんと大弓さんは「まさか一緒に笠を振っているなんて思わなかった」と苦笑い。
尊さんは現役の投手で、3人は野球の試合と同じく、小正月に予定されている公演に全力で臨むつもりだ。
1955年から田植踊を踊り続けてきた保存会の平舘良孝会長(86)は目を細める。
「後継者を育成していくのが、私たちの一番の仕事。田植踊をやっていて『楽しいな』と思ってもらえるよう、地域みんなで支えていきたい」
「おらあ、また野郎に戻ってるぞ。内股だ、内股!」
集会場に八重畑さんの千本ノックのような檄が飛ぶ。
窓の外は今日もチラチラと雪が舞い始めている。
(2024年1月取材)
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