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「私には絵しかない」体を壊し退職、たどり着いた〝キャップアート〟
3cmのペットボトルキャップに描く世界とは
「ボトルキャップアーティスト」としてSNSで発信する画家がいます。直径3cmほどのペットボトルのキャップをキャンバス代わりに、風景や食べ物などを描いて多くの人を驚かせる西倉ミトさん(@n_mito0813)。キャップに描き始めた背景には、体調を崩した過去やアート関係者からのアドバイスがありました。
紅葉や滝、桜が咲き誇る河川敷、夕日をバックにたたずむ鳥居……。いずれもリアルで繊細な描写ですが、作品が描かれているのは直径3cmほどのペットボトルのキャップです。
大阪府在住の西倉さん(28)は、主にSNSでキャップアートを発信してきました。
1月上旬にX(旧Twitter)に投稿した池の作品は、「素晴らしいアートに出会った」「壁に飾りたい」「小さなキャップの絵が大きなキャンパスの絵に見える」といったコメントが寄せられ、2万以上の「いいね」がつきました。
#どこかの誰かに刺さればそれで良い
— 西倉ミト|SINGLE CAP ART (@n_mito0813) January 8, 2024
ペットボトルキャップに池を描きました pic.twitter.com/9WYT0h9s2L
「幼いころから絵を描くことが好きで、美術の教師になりたかった」と話す西倉さん。芸術系の短大に進学してイラストレーションを学びました。
当時から学内の広報誌の表紙を飾るほどの腕前でしたが、卒業後はタオルデザイナーや医療系の事務職として勤務する傍ら、趣味で続ける程度だったといいます。
作家としての活動を始めたのは、2019年7月。インスタグラムでつながった作家の展示会に参加しました。
展示会に出したカッパの絵は好評で、「来場者アンケートが自信につながり、作家活動を始めようと思いました」と振り返ります。SNSで作品の発信も始めました。
一方で、「絵で食べていくことは簡単ではないので、副業にとどめるべき」とも考えていたそうです。
「何か人の役に立っていると実感できる仕事に就きたい」と選んだ医療系の仕事でしたが、コロナ禍に突入して状況が一変。多忙を極め、心身ともに限界がきてしまったといいます。
「ミスが許されない状況でストレスを貯めすぎてしまったのか、2021年に倒れてしまいました。ドクターストップがかかって仕事を辞めざるを得ず、絵も描けない、何もできないボロボロの時期でした」
数カ月療養を続け、心身ともに少しずつ回復してきた頃、「なんとかして働かないと」という思いが芽生えてきました。
しかし、自信を失っていた西倉さんは「今の自分に何ができるんだろう。まともに仕事ができるのだろうか」と悩んでいたといいます。
貯金を崩しながら生活していましたが、「今の私にできることは絵しかない」と思い、アート関係のイベントに出展したり、SNSに作品を投稿したりし始めたそうです。以来、専業の画家として活動しています。
2022年5月、西倉さんに転機が訪れました。
東京でのイベントの際、以前からつながりのあったギャラリーのオーナーにこう言われたといいます。
「普段すごく細かい絵をキャンバスに描いているけど、それだけ細かい絵が描けるんだったら、もっと小さいところに描いてみたら?」
小さな紙に絵を描くことは誰でも思いつく。そうではない、意外性のあるものに描いてSNSで多くの人に見てもらうことで、アートに興味のない人にも届くのではーー。
オーナーのアドバイスは、これまで西倉さんが考えたことのない発想でした。
後日、地元のショッピングモールで小学生のつくったペットボトルのキャップのモザイクアートを目にし、「小さなキャップに描いてみるとおもしろいのでは?」と着想したそうです。
オーナーのアドバイスがなければ「素通りしていたかもしれない」出会いでした。
2022年6月からキャップに絵を描き、毎日SNSに投稿しました。一つの作品にかける時間は3、4時間。細かい描写が得意だったため、風景を中心に描きました。
キャップアートを初めて2カ月が経った頃、知り合いの作家から「絵を描く前のキャップと並べて『ビフォーアフター』を出すと分かりやすいのでは?」とアドバイスされました。
さっそく投稿したところ、5万近い「いいね」がつき、これまでにない反響が寄せられました。
#多分私しかやってない
— 西倉ミト|SINGLE CAP ART (@n_mito0813) August 25, 2022
生茶のキャップに風景を描きました pic.twitter.com/GfuNw1b7RI
西倉さんはコメントのひとつひとつがありがたかったといい、「作家として絵を描き続けてよかった」と話します。
「生活に彩りを与えてくれている」というコメントを見たときは、「アーティストとして人の役に立っている」と感じたそうです。
「いろんな人に助けられ、客観的なアドバイスの大切さを感じました」と振り返る西倉さん。
「多くの人の心をつかめたのは、キャップという身近で分かりやすい存在だったからかもしれません」と話します。
最近の作品はさらに描き込むようになり、制作時間は5~10時間だそうです。
作品を発信し続けるなかで、「エコなアート作品ですね」「SDGsですね」と言われることも多くなり、「捨てられることが多いものを芸術作品に変えている」と気づかされました。
いまはキャップに限らず食品の箱やDVDなども「何かに使えるのでは?」と捨てずにとっているそうです。
今後については次のように話します。
「これまではSNSがメインでしたが、多くの方に実物を見てもらいたいため、キャップの作品のみを展示する個展を開きたいです。また、廃材を組み合わせて作品を作っていきたい。みなさんを驚かせられるような立体作品にもチャレンジし、アーティストとして表現の幅を広げたいと思います」
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