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北海道警の裏金事件、告発した元警察官への中傷…関係者の「その後」
捜査用の謝礼が不正に使用され、裏金になっている――。ひとりの元警察官の実名の告発が大きく事態を動かした「北海道警裏金事件」から20年。組織の不正と対峙し、内部告発者となった元警察官はどんな思いだったのでしょうか。自民党の裏金や、ビッグモーターの不正請求など、組織ぐるみの不正が後を絶たないなか、関係者の「その後」を振り返りながら考えます。(デジタル企画報道部・武田啓亮)
「私が警官になる前から続いていたシステム」
「数多くの転勤をしたが、すべての所属で同じことが行われていた」
北海道警で、事件の捜査などに使うための税金が裏金になり、飲食費などに使われている。
その不正は個人にとどまらず、道警全体で組織的に行われている。
今から約20年前、そんな疑惑が世間を騒がせていました。
北海道警は裏金の存在を認めず、膠着状態でした。
事態が大きく動いたのは、2004年2月10日、道警釧路方面本部長を務めた経験もあるOBの原田宏二さんが会見を開いたことでした。
実名で、道警の裏金作りが組織的に行われていたことを証言したのです。
最初に事件が明るみになったのは、2003年11月23日、テレビ朝日の報道番組「ザ・スクープスペシャル」で取り上げられた、北海道警旭川中央署での不正経理疑惑でした。
事件の捜査に協力してくれた人に謝礼などとして支払う「捜査用報償費」が不正に使われ、裏金になっているのではないか――。
番組では会計書類などの内部文書が証拠として示されていました。
当時、北海道新聞社の記者で警察・司法担当のデスク(取材や原稿執筆を統括する立場)だった高田昌幸さんは「番組内容からは、内部告発者がいることが明らかでした」と振り返ります。
「道内のメディアを素通りして東京のテレビ局に届いたということは、俺たちは内部告発者から相手にされていない、信用されていない、悔しいというのが最初の感想でした」
この報道を受け、高田さんたち北海道新聞社も取材を始め、12月3日には、不正が旭川中央署だけにとどまらず道警ぐるみのものであると指摘する独自記事を出しました。
しかし、道警はこうした報道に対し、「文書偽造や裏金などの不正はない」と否定し続けていました。
内部文書などの証拠も「指摘された文書は出所も不明で、原本は保管期限切れで存在せず、コメントしようがない」と真っ向から否定する立場を取りました。
高田さんは「組織の不正が『疑惑』として報道され、当事者が否定する。それを何度も繰り返すうちに、報道もフェードアウトしてしまう。そんなことが過去に何度も繰り返されてきました」と指摘します。
そんな膠着状態のなか、原田さんが実名で会見で詳細を語ったことで、事態が大きく動きました。
裏金づくりは、架空の事件を作り上げ、存在しない協力者に報償費を払ったことにするといった手口で行われていました。
原田さんは、自身も方面本部長時代には月7万~8万円ほどを交際費として裏金から受け取っていたと明かしました。
高田さんは「道警にとって大きな衝撃だったと思います。OBとはいえ、最高幹部だった人の実名証言は重い。これをきっかけに、及び腰だった他のメディアも一斉に裏金報道に乗りだしました」と振り返ります。
そして原田さんの会見から約7カ月後、道警本部長が道議会で組織的な裏金づくりを認め、謝罪しました。
道警の内部調査の結果、1998~2003年度までの裏金の総額は約10億9600万円にのぼっていたことが分かりました。
12月には関与した職員の処分も行われ、当時の道警職員の1万1千人のうち、4人に1人が処分を受ける事態となりました。
「自分がありのままを公表しなければと思った」
「自分ができなかったように、現職の人に告発を求めるのは難しいと思う」
告発当時、実名で証言することを決めた理由について、原田さんはこう話していました。
また、「裏金を作り、使っていた私の話を道民は信用してくれるのだろうかと思った」とも語っていました。
原田さんの行動を多くの市民が肯定的に受け止めましたが、一方で、原田さんの自宅には、罵詈雑言が書かれた封書やハガキが送られてくるようになりました。
「偽善者、卑怯者」
「自分も甘い汁を吸ってきたくせに、裏切るのか」
「希代の悪徳ゴキブリ元警官」
見るに堪えない文言が書かれた手紙は、数百通にも上りました。
高田さんによると、かつての部下である現職警察官からも冷ややかな反応が多く、道警内部からも「原田のおやじは狂った」と言われていたそうです。
しかし、原田さんは2021年に83歳で亡くなるまで、講演や執筆活動に精力的に取り組みました。
2007年には警察のあり方を考える「市民の目フォーラム北海道」を設立するなど、権力の不正に厳しい目を向け続けました。
現役時代に不正をただせなかったことを悔やみ、「自分も不正な金を受け取っていた。ほめられた立場じゃない」と話していたといいます。
同僚たちと「道警が不正を認めるまで報道を続けよう」「読者のために記事を書こう」と目標を立て、最終的に1400本を超える記事を出した高田さん。
しかし取材班も、裏金報道の直後から警察という巨大組織からの〝報復〟に直面したといいます。
「北海道新聞の個別の取材に応じない、事件事故の公式発表の場に北海道新聞の記者がいると何も答えない。他のメディアに優先的に情報を提供し、北海道新聞だけ記事が載っていない『特オチ』をさせるケースもありました」
さらに、裏金問題をまとめた書籍をめぐっては、道警を退職したばかりの元幹部が「名誉毀損」として社や記者、出版社を訴えました。
この民事裁判の中で「証人に偽証をするよう働きかけた」として、元幹部から偽証罪で2度、札幌地検に刑事告発されたことも。高田さんは「当然不起訴でしたが、もとの民事裁判は、訴えを提起することで相手を黙らせようとする典型的な『スラップ訴訟』でした」と指摘します。
裁判では、裏金報道のさなか、北海道新聞社の上層部と道警側がひそかに「手打ち」のための交渉を進めていたことも明らかになりました。
高田さんは「道警と道新の関係を正常化するためと称して『一部の記事は誤報だったと認め、道警に謝罪し、その責任を高田ら現場の記者たちに取らせる』という流れで話が進められていたのです」と話します。
民事裁判は最高裁までもつれこみ、2011年6月、書籍の一部に元幹部の名誉を傷つける記述があったとして、被告側に対して計72万円の支払いを命じる判決が確定しました。
この年、高田さんは北海道新聞社を退職しました。
高田さんは北海道新聞社を退職した後、高知新聞の記者などを経て、現在、東京都市大学教授として教壇に立つかたわら、調査報道を専門とする「フロントラインプレス」の代表を務めています。
自民党の裏金問題や、ビッグモーターの不正請求など、組織ぐるみの不正は後を絶ちません。
「今だけ、金だけ、自分だけ。そんな風潮がはびこって、状況は以前よりも酷くなっているかも知れない」と語る高田さん。
2006年には企業など事業者の不正に対して内部告発を行った労働者を保護する公益通報者保護法が施行されましたが、現状、その効果は十分ではないと指摘します。
「依然として、個人が組織に立ち向かうには困難が伴います。原田さんもかつて『現職ではなく、OBという立場だからできたことだ』と語っていました。裏金問題をめぐる私たちの報道も、記者一人ではなく、チームで行う組織ジャーナリズムだからできたことだった」と話します。
高田さんは、「不正の原因を『組織の論理』だけで終わらせてはいけない」と訴えます。
不正に関わった個人の「組織のために不正を行った」「自分は指示されただけ。仕方がなかった」といった理屈の前には、必ず「組織の構造の中で、利益を得ている個人がいたはずだ」といいます。
「議員の裏金も会社の不正も、つきつめれば、そこには利益に基づく個々人の判断があったはずです。議員や経営者は『不正をすれば利益が得られる』。末端の社員や秘書にも『上の言うことさえ聞いていれば、クビにならずにすむ』という判断があった。こうした細部にまでメスを入れ、そういった判断をさせない仕組みがなければ、問題は繰り返されるでしょう」
不正をなくす未来に、近道や特効薬は無いと話す高田さん。
「メディアが不正に目を光らせ続けること。有権者や消費者が、不正に手を染める組織や個人を選ばないこと。それしか方法はないでしょう」
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