連載
#20 イーハトーブの空を見上げて
「この世のものではない何か」が暴れて…200年続く伝統〝スネカ〟
岩手県の沿岸南部、大船渡市の吉浜地区には、200年以上続く「スネカ」と呼ばれる伝統行事がある。
小正月の晩、鬼とも獣ともつかない「この世のものではない何か」が、アワビの殻を腰にぶら下げ、俵を背負い、家々を回る。
小難しい説明をあえてつけずに、「この世のものではない何か」とあやふやに表現しているところが実に良い。
2018年にはユネスコの無形文化遺産にも登録された。
2022年は新型コロナウイルスの影響で戦後初めて中止に追い込まれたが、2023年は十分な対策をとって実施するというので北上山地を越えて取材に出向いた。
「スネカ」の呼び名は「スネカワタグリ」を縮めたもので、冬の間、長く囲炉裏にあたって「ひだこ」ができた怠け者の「すね皮」を、「たくる(剝ぎ取る)」ところから来ているらしい。
恐ろしい形相をした「この世のものではない何か」は、この年は感染防止のため家には上がらず、「怠け者はいないか!」と玄関先で大声を出して暴れた。
来訪を受けた木川田了摩さん(69)は言った。
「子どもの頃は、スネカがとにかくおっかなかった。あいつらは一体なんだかわからない。人間は理解できないものが怖いんだ」
民家を出ると、温暖な海風に守られて、沿岸部の道に雪はない。代わりに家の外を埋めるのは、漆黒の闇だ。
その闇の深さに私は一瞬たじろいだ。周囲が何も見えない、未知がもたらす「恐ろしさ」。
人が闇を恐れなくなったのはいつからだろう。
街灯やスマートフォンで夜が明るく照らされれば照らされるほど、人の心に潜む闇が深まっていく時代。
そんな人間が作り出した「ジレンマ」を打ち破るために、スネカはどこからかやってくる。
(2023年1月取材)
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