話題
絵本『おせち』〝異例〟の重版 リアルなイラストで「願い」を伝える
制作者のこだわりが詰まった1冊です
まるで本物のようなイラストとともに、おせち料理に込められた「願い」が書かれた絵本『おせち』(福音館書店)。
12月上旬の発売後すぐに完売し、緊急重版となりました。編集部は「こんなに短期間で品切れになることは初めて。問い合わせの電話をたくさんいただいています」とうれしい悲鳴を上げます。
「健康や成長を願う気持ちが込められているおせち文化について子どもたちに伝えたい」と、何年も前から構想があった1冊でした。
「くろまめ ぴかぴか あまい まめ まめまめしく くらせますように」
「くるくる まいて だてまき できた まきものは むかしの ほん ほんを よんで かしこくなりますように」
絵本『おせち』には、まるで本物のような料理のイラストとともに、ひとつひとつに込められた「願い」が、シンプルでリズムのよい言葉で書かれています。
『おせち』は福音館書店(東京)が毎月発行する、4〜5歳を対象にした月刊絵本「こどものとも年中向き」の2024年1月号です。
月刊誌は定期購読が基本ですが、書店に在庫があれば、注文して1冊のみを購入することもできます。
12月3日に発売してまもなく、品切れになる書店が続出。出版社に問い合わせが相次ぎ、すぐに3000部が緊急重版されました。しかし、予約注文が後を絶たず、さらに6000部の重版が決まったそうです。
「こんなにすぐ品切れになるのは、25年以上月刊誌に携わってきて初めてです。月刊誌は出版社で3年間は在庫を持つように発行するため、基本的に重版はありません。異例すぎる状況です」
絵本『おせち』を担当する「こどものとも年中向き」の編集長・関根里江さんは、そう驚きます。
何年も前から自身がおせち料理をつくる際に「いつか、おせちの絵本をつくりたい」と考えていました。
「おせち料理は受け継がれてきた日本の食文化です。時代によってバラエティに富んだ内容に変わっていますが、健康や成長を願う気持ちが込められている『伝統的なおせち文化』について、子どもたちに伝えたいと思いました」
「おせち文化」と一口に言っても、地域や時代によって様々です。和文化研究家の三浦康子さんに監修をお願いし、関東と関西で内容の違う「祝い肴(ざかな)」(祝い膳の酒の肴)などの注釈を入れました。
「かわいらしいものよりも、本物を届けたい」という思いから、イラストやデザインにもこだわりました。
リアルなイラストは、料理研究家の満留(みつどめ)邦子さんが絵本のために作ったおせち料理を写真に撮り、それを元にイラストレーターの内田有美さんが描きました。
編集長の関根さんは、「一見、『これが子ども向け?』と思う方もいるかもしれません。しかし、和食の美しさは子どもにもちゃんと伝わると信じて、大人が本気で本作りをしました」と話します。
写真そのものではなくイラストにしたのは、「手で描かれたぬくもり感を伝えたかったから」でした。
各ページのデザインは、イラストを引き立てるシンプルなものですが、ひし形や扇、亀甲など縁起のよい和の形を採り入れています。
おせち料理の時期を前に発売された絵本とはいえ、なぜここまでの反響があったのでしょうか。
福音館書店宣伝課の課長・池田葵さんは、「口コミ」で広がっているのではと推測します。
「何か一つきっかけがあったというよりは、定期購読してくださる方の口コミの影響があるのではないかと思います。多くの方がSNSに投稿してくださっていて、福音館書店のアカウントで『おせち』の紹介を投稿したときもたくさんの反響がありました」
4~5歳を対象にしていますが、美しい絵にひかれた人やおせち文化についてきちんと知らなかった大人にも関心を持たれているといいます。
子どもたちに食文化を伝えたいという人もいて、「小学校などで読み聞かせをするボランティアの方も手にとってくださっている」そうです。
絵本『おせち』は、重版した分も残りわずかになっています。今後重版の予定はなく、在庫がなくなり次第、販売終了になるとのことです。
福音館書店の絵本は、「ぐりとぐら」シリーズをはじめ、「だるまちゃん」シリーズや『はじめてのおつかい』など、月刊誌として反響のあった作品がハードカバーになり、ロングセラーになっています。
絵本『おせち』も、いつかハードカバーの絵本となって店頭に並ぶ日がくるかもしれません。
1/5枚