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連載

#14 イーハトーブの空を見上げて

「バナナは無理だろう?」のひと言で奮起 北国で実らせた秘策は…

北国・岩手でバナナを育てた千葉一男さん
北国・岩手でバナナを育てた千葉一男さん
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。
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イーハトーブの空を見上げて

気温9度、秋風が吹く山里の畑で…

岩手の寒さは厳しいが、この秋なんとバナナが採れた。

一関市東山町の農家千葉一男さん(69)が露地栽培していた南国の果物バナナが実をつけ、初収穫された。

栽培を始めて3年目の快挙。

電話で取材を申し込むと、「すぐ来なよ! 形も味も、八百屋で売っている南国産と同じだよ!」と上機嫌だった。

気温9度。秋風が吹く山里の畑で、千葉さんは収穫したバナナを抱えてうれしそうだった。

「北国の人間は、なぜか南国の果物が大好きなのよ」

7年前から試行錯誤、成功の秘策は「冬眠」

これまでは趣味でサボテンや多肉植物などを育ててきた。

自作したビニールハウスでは、レモンやパパイア、パイナップル、ドラゴンフルーツなどの栽培にも成功している。

ある日、知人に「でも、バナナは無理だろう?」と言われて火がついた。

「無理なもんか、絶対にやってやろうと思った。岩手でバナナを育てたら、みんな目を丸くするだろうな、とね」

バナナの栽培に乗り出したのは7年前。

最初は寒さに強いモンキーバナナを植えたが、ビニールハウスの中で枯れた。

アイスクリームバナナに品種を変えたが、うまくいかない。

一昨年からは「ハウスでは面白くない」と、より難しい露地栽培に変えて試行錯誤を繰り返した。

成功の秘策は「冬眠」だという。

バナナに岩手の過酷な冬を乗り越えさせるため、秋に一度、バナナの株を畑から掘り起こし、室温3度の温室に入れ、春になってから再び株を畑に植え直す。

長さ10センチほどの実がたわわに

一昨年はなんとか2房ほど実がついた。

しかし、収穫の直前に気温が零下になってしまい、秋霜で房が真っ黒になった。

昨年は実がついたものの、膨らまずに収穫は断念。

今年はなんとか、長さ10センチほどの実がたわわに実った。

思わず声が出たという。

「人間もバナナも、やる気になれば、なんだってできるんだ!」

収穫したバナナは妻と1本ずつ食べた。残りは近所の住民に配る予定だ。

「みんな喜ぶだろうな、と思って。だって故郷・岩手で育ったバナナなんて、もう一生食べられないかもしれないから!」

最後のセリフに東北人の優しさがにじむ。

(2022年11月取材)

三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。
書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。
withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した
 

「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。

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