連載
#30 名前のない鍋、きょうの鍋
「きちんとやる自分」に満足したい…母がよく作った〝名前のない鍋〟
みなさんはどんなとき、鍋を食べたくなりますか。
いま日本で生きる人たちは、どんな鍋を、どんな生活の中で食べているのでしょう。そして人生を歩む上で、どう「料理」とつき合ってきたのでしょうか。
「名前のない鍋、きょうの鍋」をつくるキッチンにお邪魔させてもらい、「鍋とわたし」を軸に、さまざまな暮らしをレポートしていきます。
今回は、子どもの頃から料理に興味があったという大阪に住む女性のもとを訪ねました。
橋尾日登美(はしお・ひとみ)さん:1987年、東京都足立区生まれ。20歳のときアパレル会社に就職後、不動産業を経てリユース業に就き大阪府へ移住。2021年より人事と広報の代行業フリーランスとして活動、2022年よりライターを兼業とする。大阪市天王寺区在住、ひとり暮らし。
JR鶴橋駅で、今回の取材相手である橋尾日登美さんと待ち合わせをした。
大阪府の鶴橋エリアは日本最大級のコリアンタウンで、駅前には韓国焼肉店が並ぶ。いい匂いが漂って、訪ねるたび食欲を誘われる。
キムチの専門店は一体何十店舗あるだろう。その店先には山芋やせり、トマトにセロリのキムチなんてのも。
山芋のキムチは初めて食べたとき、おいしくてびっくりした。もっと広まればいいのに……なんて思っていたら、改札から日登美さんが現れた。
「すいませーん、お待たせして! 仕事先でミーティングが延びちゃいまして」と頭を下げる。いえいえ、お気になさらず。
今夜の鍋の買いものに行かれるというので、同行させてもらう約束だった。
道すがら「ここの包丁専門店がいいんですよ」「ここの生ビールは泡を入れないんですけど、それが妙においしくて」なんて鶴橋のあちこちを案内してくださるのが楽しい。
しかし日登美さん、ふるさとが鶴橋という訳ではない。
「東京生まれです、大阪へは引っ越してきて10年になりますね。鶴橋は思い入れがあったわけじゃなく、希望条件を伝えた不動産屋さんが紹介してくれて、気に入った物件がたまたま鶴橋で。どういうところか知らないまま決めちゃったんですよ」
勢いでした、と快活に笑われる。なんとも表情が豊かで、すましたところがまるでない。とっつきやすい人だなあ。
「ああ、きょうはないんだ。残念!」
スーパーに入るなり日登美さんが言われた。
「おそうざいがおいしいんですよ、近所の飲食店の手作りで。食べてほしかったですね。私、そのお店でよく飲んでるんです(笑)」
日登美さんの趣味は飲み歩き、サッポロビールの赤星を愛飲している。
「鶴橋はいい飲み屋さんがとーっても多いんですよ。引っ越してよかったなと心から思いました」
笑顔で言われる反面、「酔客も観光客も多いから、静かに暮らしたい人は違う感想を持つかもしれない」というコメントに客観性を感じる。韓流スター人気もあって、鶴橋は平日でも人通りがかなり多いのだった。
さて買いものだが、カゴの中には白菜と豚ひき肉のみ。レジにスタスタと向かわれる。え、それだけですか?
「ははは、そうなんですよー。あとはうちにあるもので。母がよくやっている肉団子鍋を作ります」
住んで3年になるという集合住宅は、見晴らしがとてもいい。空が夕焼けに染まり、鶴橋の町並みが暮色に映えていた。
「ベランダで景色見ながら、缶ビール飲むのが好きなんです」
JRの環状線もそう遠くない。ちょうど電車が1本、ガタンゴトンと音を立てて遠くにすーっと消えていった。ここで一杯やるのは風情があるだろうな。
おや、部屋にはイッセイミヤケのプロダクツや広告写真があちこちに貼られている。ずいぶんとお好きなんですね。
「最初に勤めた会社なんですよ」
少女時代は明るすぎる性格から「100W電球みたい」と言われていた。服飾に興味を持って、ミシンが遊び相手になっていく。
高校時代は服飾部に入って作る喜びを堪能したが、「ものづくりはもっとセンスのあるひとの領域だな」と思い、販売を志望する。
「好きなブランドであるイッセイに入れたのは幸せでした。最初は契約だったんですけど、正社員契約に切り替えてくれて。その半年後にリーマンショックがあったのでタイミング的にも幸運でしたね」
5年勤めて、店長までを経験する。「まったく未経験のことをしてみたく」なり、不動産ベンチャー企業に転職するが、拘束時間がとにかく長かった。
「つらいけれど、楽しいとも思えて。私、仕事を根性でなぎ倒していくのが好きなんです。ワーカホリックなところがある。1年ちょい勤務しましたが、体調を崩して辞めました」
それが10年前のこと。しばらくふらふらしていたら、信頼している人から大阪の企業を紹介された。
面接で気に入られ、条件も悪くない。「大阪に移住してみるか」という気持ちになった。大阪の風は自分に合うなと感じて、以来住み続けている。
玉ねぎがチョッパーであっという間にみじん切りにされていく。
ボウルに移して、豚ひき肉と塩、刻んだ春雨も加えて肉団子のたね作り。こねる手つきに慣れを感じた。
「作り方は適当なんです、ここに卵や崩した豆腐を入れときもあるし。今回は余ってた干ししいたけも戻して、刻んで入れました。肉団子に春雨を入れるとおいしいってのは何かの漫画で読んだんですけど、何だったかな」
料理への興味は、小さい頃からあったようだ。
「母の調理を横で眺めているの、好きでしたね。私が10歳のとき父が亡くなったんです。以来母は薬局の事務員として働いて、姉と私を育ててくれました。その頃から自分でも料理をし始めて、高校の頃はお弁当も作って。母のこと、尊敬しています。明るくて楽天家で、世話焼きで」
世話焼き、というワードが心に残った。
現在日登美さんは人事と広報の代行業をフリーランスで行われている。
「30代前半の頃、人事のアウトソーシングを請け負う会社に勤めていたんです。各社が求めている人材を確保できるよう、方法を提案して採用活動を代行する。企業と人を結び付けるお仕事ですね」
母親ゆずりの世話焼きマインドが発揮されたのか、やりがいを感じた。
この人はあの会社に合いそう、人手不足で困っている会社に人材が流れるように頑張りたいなんて思いが日登美さんの中でうずいた。
「人材獲得や広報の仕事って『専任職を雇うまでではないけれど、サポートしてくれる人材は欲しい』という会社がすごく多いんです。そのへんの仕事を受注できればフリーランスでやっていけるかなと思って」
会社員である以上「基本的には会社に従う」という生き方に抵抗も覚え、フルリモートで働くスタイルに惹かれたこともあり、2021年の9月に独立する。
鍋も煮えたところで、居間に運んで夕飯のはじまり。
たっぷりの白菜と肉団子、あまっていた玉ねぎのスライス、冷凍していたえのきがきょうの鍋の具材だ。味つけはだしの素と塩のみ、ぽん酢をつけていただく。
「ぽん酢は手作りなんですよ。でも私じゃなくて、近所の酒場の顔なじみさんからのおすそわけ(笑)」
おお、近所に交友関係が出来てますねえ。
味見させてもらえば、野菜と豚肉の素朴な味わいが胃にやさしく、塩気もひかえめ。春雨としいたけの食感がきいた肉団子がとても柔らかい。そして酒場友達のお手製ぽん酢、酸味あざやかでかなりの出来である。
一日の終わりは、お疲れさまビールが欠かせない。
冷蔵庫からひじきの煮ものなど、作り置きのおつまみを数品出して鍋に添えた。まめまめしく料理されている日常が見えてくる。
「実家がこういう感じだったんです。鍋のときでも、おかずが何品も並ぶ家で。私も料理は好きだし、料理することで“きちんとやってる自分に満足したい”という思いがあって。でも自分のためだから出来るんですよ。他人のために出来るかなあ……」
日登美さんは現在、ライターとしても活動している。
「ベンチャー企業のスタートアップ広報を頼まれることが多いんです。オウンドメディア内のインタビュー記事とかを作っているうち、もっといろいろ書いてみたくなって」
大好きな料理やお酒のことを書きたい気持ちが高まっている。まずは名刺代わりにZINEを制作した。その名も『happy hour』、居酒屋などで早い時間にお得なサービスが実施される、あの時間のことである。
「口にするのは恥ずかしいんですが、文筆業を目指しています。人生まだまだ長い。働くことにうんざりしないためにも、もっと『好き』を深めて仕事にしていかないと。自分の書いたものを世に残すのが夢ですね」
ZINEを読ませてもらえば短いページ数の中にコンテンツたっぷり、まさに「お得!」という感じ。
先ほどサラッと「仕事を根性でなぎ倒していくのが好き」と言われたとき、私は迫力を感じた。
きっとライターの仕事でも自分だけの、自分にしかない得意ジャンルを開拓されていくに違いない。
取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター。「暮らしと食」をテーマに、忙しい現代人のための手軽な食生活のととのえ方、より気楽な調理アプローチに関する記事を制作する。主な著書に『自炊力』(光文社新書)『台所をひらく』(大和書房)など。10月25日に『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)を出版予定。
Twitter:https://twitter.com/hakuo416
Instagram:https://www.instagram.com/hakuo416/
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