連載
#77 「きょうも回してる?」
〝らんじゃたい〟入りも…茶器のガチャ、戦国武将も驚き?の販売戦術
「売れたから再販するのではなく……」
熾烈な競争を繰り広げる、ガチャガチャオリジナル商品の世界。中でも、細部へのこだわりという意味でも異彩を放つメーカーの一つが「トイズキャビン」です。こだわり抜いた「戦国の茶器」シリーズについて、ガチャガチャ評論家のおまつさんが取材しました。
クリスマスや学生の冬休みもある12月は、ガチャガチャ業界にとっても繁忙期になります。なかでも、中小零細企業のメーカーは、熾烈な闘いが繰り広げられています。
業界では、メーカーが50社以上(11月現時点)に増えています。専門店も全国で400店舗以上となり、主要都市の各駅には、ガチャガチャの機械が設置されるまでになりました。業界がかつてないほど活性化した結果、特に首都圏に住むお客さんは、どこでもガチャガチャを購入することができるといっても過言ではない状況になりました。
一方で、メーカーは厳しい状況に置かれていることも事実です。
ガチャガチャビジネスは薄利多売。そのうえ、為替や材料高などの影響でコストが上昇しています。今まで300円や400円で作っていた商品が、コスト高でなかなか作れなくなってきました。
さらに、オリジナル商品を扱うメーカーの頭を悩ませているのは、参入するメーカーの数が増えた影響で、1店舗からの受注数が減少していることです。薄利多売でも成り立つビジネスになっているのは、プラモデルや高級フィギュアなどに比べ、圧倒的に受注数が多いからこそ。
ガチャガチャビジネスは、専門店や業者から受注数をどれだけ取れるかがカギになっています。
5年前までは、メーカーの数は20社程度でした。いまの半分以下です。
そのため、1店舗あたりの受注数も多かった。しかし、参入するメーカーの数が増えれば増えるほど、専門店などを運営する企業は、一般受けするアニメやマンガなどキャラクター(IP:知的財産)商品の発注数を増やします。今でいうと、キャラクターのちいかわの商品は、どこの売り場に行っても見かけます。
かたや、オリジナル商品は何が売れるかわからない。オリジナル商品を扱うメーカーの数が増えれば増えるほど、専門店などはオリジナル商品の受注数のバランスを取るようになります。その結果、大手メーカーを除き、オリジナルを中心に展開するメーカーの1店舗あたりの受注数が減少している状況です。
その厳しい環境下でも、トイズキャビンは、オリジナル商品を中心にニッチな分野で勝負しているメーカーです。
トイズキャビンの代表の山西秀晃さんは、現在のガチャガチャ業界について「確かに一般受けする商品を作れば、売れるものは売れますが、トイズキャビンの特徴をPRできません」と話します。「既存メーカーや新規参入メーカーと戦って生き残っていくためには、他社がやらない商品で勝負をしないと勝てません」と言います。
トイズキャビンのこだわりのある自動車は、このコラムでも紹介しましたが、もうひとつの強みがあります。それがクオリティを上げ過ぎて、もはや年1作のペースでしか投入出来ない「戦国の茶器」シリーズです。
今回は、9月に再販した「戦国の茶器 弐 天正名物伝(以下、戦国の茶器2)」を紹介します。
戦国の茶器シリーズは、実在する茶器を再現したもので、シリーズ5まで発売しています。
戦国の茶器2は2019年に初めて発売。今回は4年ぶりの商品となり、この間もお客さんから再販の要望が多かったそうです。
戦国の茶器2で再現性を高めるために大変だった茶器を尋ねると、山西さんは国宝「曜変天目(稲葉天目)」を挙げます。
「椀の内側にある独特の模様の塗装は大変でした。ほぼ手作業です。生産工場に1週間通い詰め、納得いくまで塗装を確認しました」(山西さん)。
私だったら、コスト面を考慮し、茶器の模様を施したシールを張れば楽かもしれないと思ってしまいます。しかし、山西さんは手を抜きませんでした。なぜこだわるのかを聞くと、山西さんは「曜変天目の価値を表現するには、この模様を再現するしかありません。これを再現しなくては、曜変天目とは言えません。私はこういうフィールドで勝負するしかないんです。それがトイズキャビンだからです」と語ります。
また、今年公開の織田信長が主人公の映画(「レジェンド&バタフライ」)に登場した「香炉 三足ノ蛙」もラインナップにあります。この「香炉 三足ノ蛙」には、山西さんなりのこだわりが詰まっていました。それは蘭奢待(らんじゃたい)の切り取り片が入っていることです。蘭奢待は、東大寺正倉院に収蔵されている香木。信長が天正2年(1574年)に東大寺正倉院収蔵の名香の蘭奢待を切り取り、津田宗久と千利休に下賜したとされています。その蘭奢待の切り取り片が入っているのです。
歴史好きやマニアにもたまらないガチャガチャになっており、さらに蘭奢待はシリーズ1にもラインナップされていたため、切り取り片をはめ込める仕掛けになっています。
教えてもらえなければ、誰も気づかないようなところにも、ストーリー性を盛り込んでいるところが秀逸です。
さらに、戦国の茶器シリーズには買った人を満足させるために、桐箱風の箱も付属するこだわりが見られます。たかだか300円〜500円のガチャガチャで、トイズキャビンのこだわりが詰め込まれた商品になっていました。
4年ぶりの販売にも、山西さんなりの意図がありました。
「戦国の茶器はじわじわ売れる商品です。歴史好きな人は、探して購入してくれます。そういう人は1〜2年待ってくれます。そして、売り切れた時に問い合わせが多くきます。売れたから再販するのではなく、買い逃してしまった。それをなるべく寝かせることで、トイズキャビンの商品は一回買っておかないと無くなってしまう。一期一会ですよという習慣付けを促しています」
「いつかブームは終わってしまうものです。しかし戦国の茶器は、キャラクター商品と違い、旬がありません。60才の人が63才になっても買ってくれる商品です」(山西さん)。
トイズキャビンのホームページには、山西さんが7年前に起業したときの想いが書いてあります。それは、「ガチャガチャに魂を吹き込む」。その想いを現在まで実行し続けてきたからこそ、トイズキャビンのブランドがあるのではないかと感じました。
◇
戦国の茶器 弐 天正名物伝は、「香炉 三足ノ蛙 蘭奢待切り取り片」、「曜変天目(稲葉天目)」、「荒木高麗」、「唐物茶壷 松花」、「紹鴎茄子」、「初花肩衝」の全6種類。1回300円
参考資料:芸術新潮第10号(2022年10月25日発行)、「お茶と権力 信長・利休・秀吉」(文藝春秋)
1/13枚