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ポスティングバイトをマンガで発信 芸人のギャラは400円でも…
大江戸ワハハ本舗・娯楽座の噛家坊さん ポスティング歴22年
職務質問を受けたり、ズルをしていないかチェックする「ポスティングバイト確認おじさん」がいたり……。「大江戸ワハハ本舗・娯楽座」の劇団員・噛家坊(かみやぼう)さんは、自身のポスティングアルバイトの実体験を漫画にして発信しています。笑いと汗と涙なしには語れないエピソードを聞きました。(ライター・安倍季実子)
「コロナ以降、芸人の仕事がなくなって、やることがないとマネージャーに相談したら『バイトのことを漫画にしてみたら?』と言われたんです。その後、下手くそながらも一生懸命漫画を描いて、ネットに少しずつアップしていって、1年くらいで出版が決まりました」
そう振り返る噛家坊さんが描いたのは、「ポスティングバイト芸人」(今年5月出版、K&Bパブリッシャーズ)。私たちの知らないポスティング業界の常識やあるあるがつづられています。
くすっと笑ってしまうものもあれば、フィクションかと疑いたくなるものも……。
しかし、バイト歴22年目の噛家坊さんは「紛れもなく、すべて実話。盛ってもいません」と話します。
「よく聞かれるのは単価です。ポスティングバイトは出来高制で、1種類のチラシだけだと2円、2種類を同時に配ると2円75銭、3種類だと3円25銭です。会社によって多少異なるかもしれませんが、2~5円が相場ですが、5円はあまりないです」
噛家坊さんは4種類を同時に配っているので、4円25銭。それを1日に4000枚配るので、日給は1万7000円。月に20日出勤した場合は34万円になります。
それに対して、芸人のギャラは月に400円(ライブの出演料)。「どちらが本業かわらかない」と笑います。
「配りにくいマグネットや区報は、もう少し単価が高くなります。区報を配る時は、専用のユニホームとゼッケン、帽子、腕章をつけます。この時ばかりは、『チラシはNG!』と怒る管理人がいるマンションにも堂々と配れるんで助かります」
漫画の中のあるあるで、「自転車は3カ月で壊れてしまう」というエピソードも事実なのだそう。
「紙質にもよりますが、1日に配るチラシの重さは20~25㎏ぐらい。自転車の前かごと荷台に乗せて、残りは登山用の大きくて丈夫なリュックに積めこみます」
ただし、4000枚を一度には持ちきれません。途中で会社の人と待ち合わせをして残りを受け取ります。これを「中継」と呼ぶそう。
「そうやって一日中走ってるんで、やがてチラシの重さでタイヤとブレーキが壊れてしまうんです。基本的には3カ月で新しい自転車に買い換えます」
他にも「ほぼ毎回、職務質問されるのも本当です」と噛家坊さん。
「『チラシを入れたら呪う』という張り紙付きのポストもありますし、バイト中にサボってないか確認するポスティングバイト確認おじさんだって実在します。僕は滅多に会いませんけどね」
ポスティングバイト確認おじさんとは、雇用するバイトの仕事をこっそり見張って、勤務態度の評価や不正のチェックをする仕事です。
ただ、近年は専用スマホを渡され、バイトがどこで配っているか、何枚配り終わったのかがリアルタイムで分かるようになりました。
「サボりや不正をしているバイトが分かったら、その場で注意しないといけないのですが、アプリのおかげで確認おじさんの仕事はだいぶ軽くなったと思います」
配ったフリをするという「ズル」のほかにも、「チラシNG」のマンションに配ったり、配布物を折って無理やりポストに入れたりすればクレームになるため、チェックは大事だと力説します。
「本来は、どれもやらないのが当たり前なんですけどね。僕は毎回、職質は受けていますが、クレームはゼロ。これが唯一の自慢です」と笑います。
クレームゼロに加え、バイト先と地道に信頼関係を築いてきたため、「劇団を優先してくれるし、急なシフト変更にも対応してもらいやすい」といいます。
「『WAHAHA本舗全体公演』のほかに、若手が中心の『大江戸ワハハ本舗・娯楽座』にも出演しています。娯楽座の方は作品作りからやっているんで、公演が決まるとバイトが入れにくくなるんです」
1週間前が〆切のシフト制で、稽古や舞台がない期間にまとめて働き、6日出勤する週もあるそう。
朝9時にバイトの事務所に行き、担当するエリアを確認してからチラシを受けとって、自転車に積んで現場へ向かいます。エリアは日によって変わるそうです。
「交通費は出ないので、僕はいつも自転車移動です。都営住宅のあるエリアや管理人がいないちょっと古めのマンションが多いエリアは夕方頃に終わり、オフィス街や新しいマンションが多いエリアは、大体夜になりますね」
帰宅が22時を過ぎることもありますが、1日6000枚を配ることもあったという3年前に比べると「マシ」だといいます。
「コロナ禍に入って2週間くらい経つと、一気にチラシの量が増えて、帰宅が24時を超えることはザラにありました。大体半年くらいで落ち着きましたが、もう二度とあんな日々は過ごしたくないですね」と苦笑します。
今年5月の出版後は立て続けに公演があったため、いったん漫画制作を休んでいましたが、12月から再開する予定です。
「ありがたいことに、バイト先の社長が本を10冊くらい買って、まわりに配ってくださいました。『全日本ポスティング協会に推薦する』とも言ってくださって、本当に講演依頼が来たら面白いなと思っています」
バイト仲間からは、「ポスティングバイトをよく思っていなかった妻が、本を読んで、空調服や弁当用のクーラーボックスを用意してくれた」と報告され、驚いたそうです。
「僕の下手な漫画が、日陰の存在だったポスティングバイトに、少しだけでも光を当てられたのかなと思ったら、嬉しくなりましたね」
1冊目に載せきれなかったエピソードは、まだまだたくさんあります。でも噛家坊さんにとって大事なものは、やはり「お笑い」です。
「舞台のほかに、年に2回ほど『独坊』という単独ライブをやっています。落語、漫談、漫才など、僕がやりたいことを詰めこんだライブです。舞台、ライブ、ポスティングバイトの隙間時間で何とか2冊目を描ききって、待ってくれている人たちに届けたいですね」
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