連載
#10 ナカムラクニオの美術放浪記
循環する〝ふしぎなえ〟の魅力 「安野ワールド」に浸る山陰の小京都
ナカムラクニオの美術放浪記
不思議の国のアンノに会ってきた。大阪のあべのハルカス美術館(大阪市阿倍野区)で、安野光雅展がはじまったのだ(11月12日まで開催)。
2020年のクリスマスイブに94歳で亡くなった安野さんは、画家、絵本作家、装丁家として長く活躍していたので、誰もが一度は目にしたことがあるはず。
淡い色の水彩画で、細かく描き込まれた不思議な絵を描いたことで知られている。
展覧会では『もりのえほん』『天動説の絵本』など代表作から晩年の実験的な作品まで、原画をずらりと眺めることができた。
今回は、テレビ番組の解説の仕事もあったので、作品の魅力を言葉にしなければいけなかったが、それによって新たな発見もあった。
安野光雅の作品を見るということは、記憶の中を旅するような行為でもあるのだと思った。
安野さんの絵本をはじめて手にしたのは小学生の頃だったと思う。学校の図書館で『ふしぎなえ』(福音館書店)と出会ったのだ。
この本は僕が生まれた1971年に出版(1968年「こどものとも」で制作)されたものだ。
安野さんが美術教員を続けながら42歳の時にデビューした記念すべき一作目として知られている。
どこまで上がっても下へ戻ってしまう階段。さかさまに歩いてしまう横断歩道。
水道の蛇口から流れる水が川となり、雨となり、永遠に循環する不思議な世界をいつまでも眺めていたのを覚えている。
『ふしぎなえ』は、現実にはありえない図形だけの本で、文字がまったくない。
オランダ人の画家・エッシャーのようなだまし絵を絵本に仕上げた奇妙な一冊なのだ。
とにかく何回読んでも楽しい。もしかしたら自分は、この絵本に出会ったことで、絵画や本に興味を持ったのかもしれない、という重要なことを思い出した。
数年前、筑摩書房から『村上春樹にならう「おいしい文章」のための47のルール』という文庫本を出版した。
この「ちくま文庫」といえば安野さんが基本装幀を手がけている。
表紙や挿絵をすべてイラスト仕立てにしてもらい、安野さんへのオマージュとなるようにデザインしてもらった。
ご高齢だったので、直接は会えなかったけれど、少しだけ安野さんに近づけたような気がして、とてもうれしかったのを覚えている。
それにしても「安野光雅」という巨人はいったいどこからやってきたのだろうか?
実は「アンノワールド」とも言える不思議な町がある。安野さんが生まれ育った町、島根県の津和野だ。
津和野は、山口県との県境に位置しており、山陰の小京都とも呼ばれている穏やかな山間にひっそりと残された美しい隠れ里のような街だ。
小さな盆地に広がっている津和野藩の城下町で、石畳と古い建築物がどこまでも並んでいる。
歩いていると、歴史と文化が漂っているだけではないのがわかる。どこか異界とつながっているような空気が流れているのだ。
安野さんの生まれ育ったご実家の周辺や通っていた小学校の近くを10分ほど歩いていると、森鴎外の生家に辿り着いてしまった。
日本でこんな不思議な町は、見たことがない。
津和野は、記憶の中に刷り込まれている「ニッポンの故郷」という感じの場所だ。身近にある桃源郷なのだ。
そんな情緒ある空間で安野少年は、小さな宿を経営していたお父さんから奇妙な昔の話を聞いて育った。
鏡や双眼鏡をひっくり返して風景を見ながら、あの繊細な感性を育んだのだ。
漆喰の白壁や、赤い石見瓦を葺いた家は、まさに絵本に描かれた風景だった。道路脇には小さな水路が伸びていた。見たことのもないような巨大な鯉が悠々と泳いでいる。
古い教会に行くと畳が敷いてあり、ステンドグラスから差し込んだ美しい光が抽象画のように輝いていた。太皷谷稲成(たいこだにいなり)神社には、真っ赤な鳥居が何百も続いていた。
高台から街を見下ろすと、安野さんの絵画そのものだった。
その後、津和野には何度も足を運んでいるが、いつ行っても変わらない。まるで時間が止まっているように感じる。
津和野は、日本の原風景であり、安野光雅の原風景なのだろう。そして、津和野は「どこでもないふしぎな世界」へつながる入り口だったのだ。
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