連載
#17 #令和の専業主婦
「年収の壁」以外に道ふさぐ二つの〝壁〟 制度理解、諦め…対策は
「働き手のニーズにあった仕事内容の選択肢を」
政府が経済対策のひとつとして取り上げた、「年収の壁」問題への対応策が10月から始まりました。女性の生き方と働き方をテーマに調査を続ける「しゅふJOB総研」の研究顧問・川上敬太郎さんは、年収の壁とは別に「二つの壁」の存在が労働力確保の対策を阻んでいると指摘します。
――所得税の課税対象となったり(103万円の壁)、保険料の加入義務が生じたり(106万円の壁)、年金の第3号被保険者の対象でなくなったりする(130万円の壁)「年収の壁」について、長く議論が続いています。今回の経済対策ではいわゆる「年収の壁」への対応策が始まりました。
しゅふJOB総研・川上敬太郎さん:いい案だと思ったわけではありませんが、メリットのある話だとは思いました。
企業が「一時的」との証明を出せば、原則2年は扶養から外れないようにするという対策がとられた「130万円の壁」については、勤務シフトを調整しないといけない人にとってはメリットだろうと思います。
というのも、これから年末調整のある年末近くになると、配偶者の扶養に入っている人のなかには「これ以上入ると扶養から外れちゃうから」と、シフトを減らす調整をする人が増えていきます。
本人の手間がかかる上、職場も大変です。計算ミスをして意図せず扶養から外れてしまう……ということも起こります。この対策があれば、そういう調整をしなくて済むのです。
そのため、この対応策で従業員は収入増が見込め、雇用側はシフト調整をせず、人手不足の場合には従業員のシフトを多めに入れることもできたりします。
ただし、これらメリットはあくまで抜本的な改革にはなりません。
――限定的な措置では「壁」はなくなりませんよね。
「壁がなくなる」というのは二つのパターンが考えられます。一つは無制限に扶養扱いにするということ、二つ目は「扶養」をなくすということ。
私たちが調査をしている「しゅふJOB総研」の主婦・主夫層からは「扶養ありで上限を撤廃してほしてほしい」という声もありますが、「みんなが保険料を平等に払うべきだ」という人もいます。
もし前者を実行してしまうと、「年金の第3号保険者の仕組みが公平性に欠ける」という指摘はすでにある中で、それを助長することになります。
【国民年金の第3号保険者とは…自身で保険料を支払う必要のない人で、会社員や公務員に扶養されている、原則年収が130万円未満の配偶者】
ただ、年収の壁など「特殊な制度」をなくすことで、負担の公平感は生まれると思いますが、すでに恩恵を受けている人を無視していいのかという話でもあると思います。変えるのであれば、生活への影響に配慮しながら変えていくべきでしょう。
――そもそも、この「年収の壁」、とてもわかりにくいのですが。
そこには制度理解にも「壁」があると思います。今回の経済対策も、ややこしいところにルールをさらに足したような感じだと思います。
我々の調査の中でも、パートやアルバイトで就業中の方々に「制度理解の壁」があると思っています。
例えば、こんな声がありました。
「社会保険料を支払うのであれば、扶養控除内が良いと思っているが、それが良いことなのかどうかも、仕組みが複雑すぎて分かりづらい(50代)」
「特に今の制度はわかりにくく、主婦は働きづらい。もっと社会保険や扶養がわかりやすければ働くことのできる人はたくさんいます(40代)」
また、「保健や年金を払わないですむから103万円内で働いている」と答える方もいましたが、健康保険や年金は130万が上限なので、やはり制度がわかりにくく混同してしまうのかなと感じています。
――私も何度聞いても、よくわからなくなってしまいます。扶養に入っている人の中には、介護や育児、家庭の事情などで働きたくても働けない人もいます。そういう人まで保険料を平等に負担すべきなのか、労働力を増やしたいのかなど、そもそも「年収の壁」をなくすことでどうしたいのかが見えてこない印象があります。
「日本社会の働き方をこうしていこう」というグランドデザインが描けていない印象です。
年収の壁、制度理解の難しさ以外にも、労働力確保の点でいうと潜在的な「諦めの壁」があると私は思っています。
――潜在的な「諦めの壁」ですか。
パートタイムやアルバイト的な働き方をする人の中には、「自分は家のことをやらなければならないので、この程度の時間しか働けない」「この時間内で働けるような仕事はこのくらいしかない」といった「諦め」の中で判断して仕事を選んでいる人もいます。
――私が取材をした方の中にも、育児などを理由に正社員の職を手放し、パートタイムで復帰をした、復帰を目指すと話す方もいました。子どもの送迎時間や自宅からの近さで働き先を選ぶと、専門的な知識を生かせない仕事を選ばざるを得ないといった声も聞きました。
実際に、市場には家庭との両立が可能な仕事は少ないと感じています。求人は多い状態ですが、労働者が求めている仕事がなく、「諦め」の仕事選びをしている可能性があります。
昨年のしゅふJOB総研の調査でも、家庭と両立させることのできる仕事の数が足りているか553人に聞いた結果、「不足している」と答えた人は78.6%に上りました。
この「諦めの壁」に対して、短時間正社員の制度(正社員と同じ待遇が受けられる一方で、フルタイムでの働き方にとらわれない)などの選択肢を増やそうとしている民間会社はありますが、行政からもより強く働き方の多様化へのアプローチをすれば可能性はもっと広がるのではないでしょうか。
家庭との両立が可能な仕事を選ぼうとしても選択肢が少なく、それを変えないといけないという認識を社会の側にも持ってほしいと思います。
さまざまな「壁」を取り除かなければ根本の解決にはなりません。働き手のニーズにあった仕事内容の選択肢を出していくことがもっと大事なことだと思います。
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