連載
「鬼の牙」33本が眠る大船渡の古寺 なぜ後世に残そうとしたのか
北上山地を越えた先に「鬼の牙」が残る古刹があると聞いて足を運んだ。
岩手県大船渡市の長谷寺を訪ねると、責任総代長の田村長平さんが寺で保管している33本の「鬼の牙」を見せてくれた。
寺伝などによると、鬼死骸村の大武丸(おおたけまる)と同様、この地域には平安時代、「赤頭」と呼ばれる蝦夷(えみし)が暮らしており、やはり朝廷から派遣された坂上田村麻呂によって討ち取られたらしい。
坂上田村麻呂はその際、赤頭の首を埋めた墓の上にお堂を建て、十一面観音立像を祀ったというのだ。
寺に残る「鬼の牙」は、その討伐された赤頭の歯だという。
「鑑定したみたところ、『鬼の牙』は実際には原始水牛の歯である可能性が指摘されています」と田村さんは淡々と言った。
「たとえそうだとしても、当時の世相を伝える貴重な史料であることに違いありません」
北東北で暮らす蝦夷は長らく、中央朝廷から「鬼」とさげすまれてきた。
それなのになぜ、坂上田村麻呂は「鬼」の墓の上にわざわざお堂を建て、人々はその「牙」を後世に残そうとしたのか。
田村さんは言う。
「赤頭はかつて、この地を平安に治めていた主だったのではないでしょうか。彼らは朝廷の侵略から地域を守るため、必死に闘い、だから敵も地域の人々も、その奮闘を後世に伝えようとしたのではないのかと」
101歳で亡くなった東北のジャーナリスト・むのたけじは書いている。
歴史は勝者によってつづられる。黒ずんだ33本の「牙」は、その不条理に抗おうとした、先人が未来へと託した「声」なのかもしれない。
(2022年9月取材)
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