近年、大手の就活サイトに次ぐ利用率となっている“逆求人サイト”。この言葉が10年ほど前、インターネットで局地的に話題になったことを覚えている人はいるでしょうか。「世界一即戦力な男」として個人で“逆求人サイト”を立ち上げ、実際にIT企業に新卒入社。その経緯が書籍化やドラマ化された人物は、その後、ベストセラー作家になりました。その人物・菊池良さんに、当時の就活を振り返ってもらいます。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
いわゆる就活サイトは、長らく「マイナビ」「リクナビ」といった大手企業運営のものが有力でした。一方で近年、その状況には変化も訪れています。
HR総研と楽天みん就(新卒就職口コミサイト)による「2024年卒学生の就職活動動向調査」では「最も活用している就職ナビや逆求人型サイトTOP10」で3割ほどがいわゆる“逆求人サイト”のユーザーであることがわかりました。
逆求人とは、ダイレクト・リクルーティングの一種。自分のプロフィールを公開し、それをチェックした企業が求職者にアプローチします。「オファー型」「スカウト型」とも呼ばれ、中途採用では日本でも普及しています。それが近年、新卒採用の場にも広がっているのです。
この“逆求人サイト”という言葉、実は10年ほど前にも、インターネットで局地的に話題になったことがあります。
それが、菊池良さんが2013年に立ち上げた、「就活生が就職先を募集する」逆求人サイト「世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ」でした。
高校中退後、6年間の無職期間を経て、22歳で大学に進学した菊池さん。周囲の学生よりも出遅れた就職活動でしたが、このサイトが話題に上り、50社以上から面接の申し込みが舞い込んだそうです。
そのうちの1社であるベンチャー企業に新卒入社。一連の経緯は書籍化、ドラマ化もされました。その後、大手IT企業に転職、在籍中に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら(もしそば)』(宝島社/ライターの神田桂一さんとの共著)などのベストセラーを上梓し、その後、作家として独立しています。
まさに逆求人サイトで「人生が変わった」菊池さんは、現代社会の就活をどう見ているのでしょうか。話を聞きました。
――「即戦力」のときは、もともと「何がなんでも就職したい」というわけではなかったと伺っています。
「就職できたらいいな」「ダメでもネタになるだろう」というつもりでした。どの業界とか、どの企業とか、その先どうなるかを具体的には考えていなかったですね。
もともと「仕事は何でもいい」と思っているタイプ。とりあえず食えれば……とは今でも思っています。
その頃のインターネットを眺めていると、「就職していなくてもインターネットがあればやっていけるのでは」と思わせてくれるような人がたくさんいたんですよね。「35歳、無職だけど、人生が楽しい」みたいな。
だから、独立した今も、ぶっちゃけ、不安とかは全然ないんです。よくわかんない方法で生きてる人って、今もいるじゃないですか。そういう人を見ると「なんとかなる」と感じます。
――「即戦力」は当時人気のあったいくつかのコンテンツのパロディで、それにより利益を得ることに批判もありました。過去のインタビューで「ネットのアマチュア精神によるものだった」「社会人以降はプロになろうと意識している」と明かしています。『もしそば』もパロディと言えばパロディですが、対象を過去の文豪にして、商業的にも成功しました。
「即戦力」はおもしろそうなことを思いついたからやってみた、というのが正直なところなんです。さらに前は思いついたことを書くだけの匿名ブロガーだったし、いま思うとめちゃくちゃでしたね……。
ただ、「パロディ」という手法に思い入れはあります。ネットって、もともとそうじゃないですか。
例えば昔の個人サイトのタイトルって「~徒然草」みたいなものが多かったですよね。あれもある意味では壮大なパロディじゃないですか。そういう空気感を浴びて育っているので、思いつきやすいというのはあります。
『もしそば』も、僕がTwitter(当時)に投稿した「もしも村上春樹がカップ焼きそばの容器にある『作り方』を書いたら」が企画の一つのきっかけになりました。
文体模写は文芸の一つのカルチャーだし、そういう意味では手法の選び方は変わったかもしれません。『もしそば』は「即戦力」のように自分を前面に押し出さない立て付けの企画ですし。
――単著の『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)も話題ですが、今度は「ぜんぶ読む」手法に取り組んでいるんですね。
芥川賞をぜんぶ読んで、今度はここ1、2年で絵本を2000冊読みました。ちょっと読んでみようかなと思って。次の企画はそのインプットを活かしたものですね。
――楽しみにしています(笑)。会社員を辞めてからは、どんな働き方をしているのでしょうか。
そもそも、あんまり仕事だと思ってやっているわけではないんですよね。本を読むのも仕事と言えば仕事だし。主に何か書いています。
会社員をしていた頃も、かなり自由に働かせてもらっていました。同じことをし続けるのが好きではないんです。極端な話、ずっと同じスマートフォンを使い続けるのもイヤで。会社員にはあまり向いていなかったかもしれません。
――菊池さんが先駆けとなった“逆求人サイト”という言葉が今、新卒就活市場で一般的になっていることについて、どう思われますか?
実は、僕が“逆求人サイト”という言葉を使ったわけではないんです。僕は当時、就活生がSNSを活用することを指す“ソーシャル就活”という言葉を使っていて。
「即戦力」を取り上げてくれた複数のメディアが“逆求人サイト”という言葉を使っていて、公開した後に「逆求人って言うのか」と知りました。
ふつうに就活して就職できる人は、そうすればいいと思います。そういう人には就活も必要な仕組みです。僕自身、ふつうに就職できると思っていたら「即戦力」なんてしていません。
一方で、ずっと「おもしろいことをしたい」というのは考え続けていて。おもしろいことができれば、目立って、逆求人につながる、ということだと思います。
――逆求人サイトは、自分に強みがないと感じる就活生には、ハードルが高いとも聞きます。菊池さんはどうすれば自分の強みが作れると思いますか?
「おもしろいことをしたい」もそうですが、高校中退後、いわゆるひきこもりの時期から「人に向かって発信してきた」というのは、一つ自分の強みになっていると思います。
あとは無意識のインプットでしょうか。インターネットにどっぷり浸かって、コンテンツを見てきた経験は、今に活きています。
――「ぜんぶ読む」の次は、どんなことをしていきますか?
僕はこれからは「ポエジーの時代になる」と思っています。
説明的な文章はAIが書いてしまうので、人間はもっと感覚的なものを書くようになるんだと思います。
例えば、通販で物を買ったときに、いっしょに手紙がついてくるとちょっと楽しいですよね。
商品のネーミングやパッケージに書いてある言葉がポエティックで楽しいとか、クッキーを買ったらちょっと楽しいことが書かれたふせんが付いているとか。
そういったことをすると楽しいと思うんです。いろんな物を文芸的なセンスでコーティングするようなことをしたいですね。
仕事としてそういう言葉を書かせてくれる会社があるなら、また就職してもいいですね。
お声がけお待ちしています。これも逆求人でしょうか(笑)。