IT・科学
日本の家は「夏暑く、冬寒い」 エコハウスで目指した徹底的な断熱
再エネ100%エコハウス「ほくほく」
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再エネ100%エコハウス「ほくほく」
カーボンニュートラルの暮らしを夢見て、日あたり抜群の空き家を八ケ岳南麓で手に入れてはみたものの、まさかの問題がいろいろ起きて……。無断熱の空き家をどうリノベーションして再生エネルギー100%、光熱費0円のエコハウスに変身させたのか、紹介します。
「もうこの家、限界だ」
そう感じたのは、この家を手に入れてまだ間もない2017年の冬のことでした。
山梨県北杜市の築40年の平屋を購入し、カーボンニュートラルの暮らしを目指し、東京との2拠点生活を始めました。
日あたりが抜群なのが災いして、夏は強烈な西日で室温は35度に。標高600メートルの場所だから涼しいと思っていたのに、温暖化を甘くみていました。
迎えた冬、今度はその西日が味方になって、ぽかぽかあたたかな生活ができるはずでした。
ところが、太陽が西の山々の向こうに沈んだとたん、強烈な寒さがやってきました。
20度まで上がっていた室温はほどなく10度を切り、そのうち5度を下回りました。
厚着をして、毛布をぐるぐる巻いてみるものの、寒くてやっていられません。晴れ以外の天気の日はなおさら、もう朝からずっと寒さに震えました。
このままでは心まで冷え切ってしまう。ほどなくこたつと石油ストーブを買いました。なのに、まだ寒い。
ストーブをたくそばから、暖気がすきまを通じて外に漏れていくのがわかります。そして室内には冷気が容赦なく侵入してきます。
たまらず、もう1台、大きく強力な石油ストーブを買い足し、ようやくなんとか生存できる環境にまでもっていきました。
でもおかしくない? 自分で自分につっこみが入ります。
太陽の恵みをふんだんに受けながらカーボンニュートラルを目指すはずなのに、化石燃料をどんどん消費して暮らしているじゃない。
まったく間が抜けた話のようにも聞こえますが、実はこんな家は日本では決して珍しくありません。
日本の住宅の約4割が無断熱の状態だといわれているのです。人間に例えるならば、Tシャツと短パンで冬も過ごしているようなもの。
だから、家の中なのに夏は暑く、冬は寒い。日本の多くの家が、室温を保つために大量のエネルギーとお金をつぎ込まなくては、快適な環境を手に入れられません。
ぼくは無断熱のこの家を、徹底的にリノベーションしようと決めました。
まず相談したのは、以前から知り合いだった栃木県佐野市の建材屋「オストコーポレーション」の吉田登志幸(としゆき)さんです。
環境負荷が少ない高性能の建材を扱い、優秀な工務店とのネットワークを多く持っています。
吉田さんが「山梨ならこの人!」と紹介してくれたのが山梨県富士吉田市の「梶原(かじはら)建築」の大工、梶原高一さんでした。祖父も父も大工、1級建築士の資格も持つ腕利き大工です。
梶原さんには「日本でトップレベルの断熱・気密性能を目指したい」と希望を伝え、「なるべくぼくも工事に参加したい」とお願いしました。
せっかくだから、日本エコハウス大賞奨励賞を受賞した経験もある梶原さんの技を間近で見て、DIYの達人になりたいと考えたのです。
自分だけでその経験を享受するのはもったいないから、たくさんの人とエコハウスができていく過程も含めて共有したい。
基本的にすべてを公開作業とし、見学自由にすることになりました。
コロナ禍でしたが、解体や壁塗りなど折に触れてワークショップも開催しました。SNSなどで募集すると、建築家やNPO団体の理事、友人、同僚らが参加し、のべ200人超になりました。
家づくりを通じて新たな出会いがあり、あたたかな関係が築かれていく。ぼくはこの試みを八ケ岳エコハウス「ほくほく」プロジェクトと名付けました。
参加する人の多くは、ぼくも含めて「家づくりのお手伝いしよう」という感覚ですが、実際はプロの手をわずらわせることばかり。本職がひとりで作業したほうが、よほど作業が正確で速いのです。
壁塗りにしても、コテを持って塗るそばからボタ、ボタと珪藻土が床に落ちてしまいます。
梶原さんにとっては建築の素人がしょっちゅう現場に出入りして、面倒なことこの上なかったはずです。でも嫌な顔一つせず、丁寧に、惜しみなく技を教えてくれました。
せっかく教えてもらったけれど、同じようにまねはできませんでした。プロってすごい。カーボンニュートラルの暮らしとともに実現を目指したDIYの達人への道は早々にあきらめました。
梶原さんをリーダーとして進めたエコリノベーションを一言でいうならば「徹底的な断熱・気密の強化」です。
ほぼ無断熱だった家には断熱材を敷き込みました。床下は厚さ180ミリ、壁は120~255ミリ、天井360ミリ。訪れる建築家の誰もが「えーっ」と驚く量です。
暑さ寒さに対して住宅の最も弱い箇所は「窓」といわれています。冬の暖房のときは、窓から約5割の熱が逃げていきます。
さらに日本のサッシの枠には、大量生産ができるからと、暑さ寒さを最も伝えやすい素材のひとつ「アルミ」が多用されてきました。
ほくほくでは長野県千曲市の「山崎屋木工製作所」の木製サッシを使っています。ガラスはペアではなく、トリプルです。
予算の関係ですべてをトリプルガラスにすることはできませんでした。
場所によっては既存のシングルガラスのアルミサッシの窓に、会津の木製サッシの内窓をつけました。これがペアガラスなので、最低でも3枚のガラスで外界と室内を隔てることになります。
気密シートなどで徹底的にすき間もふさぐ気密工事も念入りにしました。
気密性能を示す数値を「C値」といいます。リノベ前の測定ではすき間が大きすぎて「測定不能」でしたが、施工後は「1.12」と新築のエコハウス基準の「1」に迫る数値になりました。
断熱性能をあらわす「UA値」は「0.29」で北海道の大部分の地域の住宅に求められる基準値「0.46」よりも優れた値です。
築40年の家を日本トップレベルの断熱・気密性能の家に変えることができたのです。
暮らしはどう変わったでしょう。
弱点の窓を強化した効果はてきめんでした。外気温がマイナス10度まで下がっても、窓際が寒くないのです。結露もないので、メンテナンスも楽ちん。
暖房は薪ストーブが主ですが、家がすぐ暖かくなるので薪の消費が少ないことも助かっています。
むしろ室温が25度を越えてしまうので、窓を開けて冷気を取り込むこともしばしば。夜中に火が消えても、朝方、室温が20度を下回ることがありません。
布団を頭までかぶって温度計を見るのを怖がっていた日々がウソのようです。
家は全体で36畳ありますが、冷房は6畳用のエアコン1台です。家の性能を高めたことで、大量のエネルギーを投下せずとも、省エネで快適な環境が保てるのです。
その結果、電気は庭先の太陽光発電だけでまかなうことができるようになりました。
生活にかかるすべてのエネルギーを自給自足する光熱費0円、カーボンニュートラルの住まいです。
特に良かったと思えることは、完成後にも、たくさんの人がほくほくに来てくれることです。
空き家になっていた古い家が、再エネ100%のエコハウスに変わった例は、まだ日本ではほとんどありません。
見学会を開くと、そんな家を体感しに、建築の専門家も含めて多くの人が来てくれて、自分の世界も広げてくれるのです。
10月に開催される朝日地球会議とほくほくとの共同プロジェクトで、先日は「自然エネルギー100%大学」として知られる千葉商科大を中心とした学生たちがほくほくで合宿しました。
みな興味深そうに家のあちこちを眺め、梶原さんが熱心にポイントを説明してくれました。
脱炭素を達成したほくほくを特別で稀有な存在にしておくのではなく、どうやったら夏は涼しく、冬は暖かい再生エネルギー100%の家を、日本で当たり前の存在にするのか。みんなで意見を出し合い、考えました。
こんな前向きで幸せな時がずっと続けばいいのに。そう思いながら、未来をつくっていくみんなの意見を聞いていたのでした。
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