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連載

#2 イーハトーブの空を見上げて

渓谷の歌姫の「引退の日」 川に落ちた回数、数え切れないけれど…

岩手での初めての取材は、「猊鼻渓舟下り」の案内役を約20年務めた、初の女性船頭が引退するというものでした
岩手での初めての取材は、「猊鼻渓舟下り」の案内役を約20年務めた、初の女性船頭が引退するというものでした
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。
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イーハトーブの空を見上げて

猊鼻渓舟下り 初の女性船頭が引退

岩手での最初の仕事は、名勝「猊鼻渓(げいびけい)」の取材だった。

石灰岩が浸食されてできた高さ100メートルを超える断崖絶壁の渓谷を、巨大な木舟に観光客を乗せて長い棹(さお)1本で案内する「猊鼻渓舟下り」。その案内役を約20年務めた初の女性船頭が4月1日、引退するという。

かつて猊鼻渓のレストハウスで働いていた千葉美幸さんが初めて舟棹を握ったのは2001年秋。会社の上司に「これからは女性の時代だ。船頭だってできるはずだ」と誘われ、引き受けたという。

最大約70人の観光客を乗せ、全長10数メートルの木舟を棹1本で操縦する船頭は力仕事だ。

5メートルの棹を川底に突き刺し、全体重をかけて上流へと舟を押し出す。下りは川の流れに負けないよう、万全の注意で舟を操らなければいけない。

風の強い日や大雨の後で川の水が増えた日には、さらに舟が重くなる。

通常は3カ月間訓練して船頭になるが、初めて乗るまでに5カ月間かかった。

どんなに経験を積んでも、棹が折れたり、突き刺したはずの川底が砂で滑ったりして、そのまま川に落ちたりもした。

「船頭は『3回落ちて一人前』と言われますが、私の場合、川に落ちた回数は、両手では数え切れません」

「げいび追分」の歌声 神秘的な空間

一方、女性船頭には有利な点もあった。

舟下りでは後半、渓谷の中で船頭たちが「げいび追分」を歌う。

その際、女性特有の高い声が渓谷の岩盤に反響し、なんとも神秘的な空間を作り出す。

「渓谷の歌姫」――。

訪れた観光客らはネットやSNSにそう書き込み、やがて猊鼻渓に客が殺到するようになった。

最後の舟下り。「一番うれしかったことは?」と尋ねられ、こう答えた。

「今いる16人の船頭のうち2人が女性船頭なんです。それがとりわけうれしい。どうか皆さん、彼女たちの『げいび追分』を聴きに来てください」

岸辺では仲間の船頭たちが「うんと頑張ったネ」と書かれた横断幕を持って待ち構えていた。

着岸後、大役を終えた千葉さんを胴上げして祝った。

うっすらと目に光るものをにじませながら、猊鼻渓初の女性船頭は軽やかに舟を下りた。

(2021年4月取材)

三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。
書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。
withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した
 

「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。

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