連載
奇岩の村カッパドキアで見つけた 過去と現在を行き来する魔法の絨毯
ナカムラクニオの美術放浪記
キノコの妖精が作ったような奇岩の村があった。トルコ中央部、アナトリア高原にあるカッパドキアだ。
岩窟の中には膨大なキリスト教壁画もあるし、火山灰が堆積してできた柔らかい岩を削り出してつくった地下都市は、なんと250もあるそうだ。
カッパドキアの奇岩を空から楽しむ「気球ツアー」もオススメだ。長い時間をかけて雨風に浸食されてできた神秘の造形を空から堪能できる。
日の出とともに、空中散歩する経験は初めてだったが、1時間があっという間に過ぎてしまった。
鳥が飛ぶような高さから美しい自然の彫刻を眺めるのはなんとも気持ちがいい。
そんなカッパドキアで、ちいさな古道具屋さんに出会った。
トルコは東西文明の交差点と呼ばれる国だけあって、店の中は博物館の倉庫をひっくり返したようにお宝で溢れている。
目に沁みるほど鮮やかな色彩のランプ、遊牧民の壊れたティーセット、毛糸を紡ぐための糸巻き、魔除けの目玉「ナザールボンジュウ」。何に使うのか分からない品物もたくさん並んでいた。
古道具は、過去を旅するためのタイムマシーン。記憶を未来へ受け継いでゆくための装置だ。
僕は、幾重にも積み重ねられた「時間を買う」ために世界を回って古道具屋さんを探し歩いているような気がしている。
惹かれるのは、使われなくなったものや、役に立たないものが多い。
民藝運動で柳宗悦が唱えた「用の美」という概念とは、まったく逆の「無用の美」にも強く惹かれてしまう。
実は、この世で美しいものは、無用の美であることが多いのかもしれないとも、思った。
そして、この店で、ちいさな絨毯のような刺繍の山を見つけた。
お店のおじさん曰く「遊牧民の塩袋だよ。羊が好きな塩を入れるものだ。100年以上前のもので、これを作った民族は、もうずいぶん昔に消えてしまった。言葉も無くなり、記録もない」。
「言語ごと消えてしまった? そんなことってあるのだろうか」とも思ったが実際には、よくあることらしい。
現在、世界では約2500もの言語が消滅の危機にあると言われている。
もうずいぶん昔に消えてしまった、という民族の美しい古布に惹かれ、そこにあった20枚をすべて譲ってもらった。
古道具は、別の人の手に渡ることで、その歴史が更新されるものだ。
別れ際におじさんは、こんなことを言った。
「羊毛は少しずつ絨毯になっていくが、絨毯は羊にはならない」
日本に持ち帰ってからも度々、その消えてしまった民族のことを考えながら、この布を飽きることなく眺めている。
僕は、過去と未来を自由に行き来する魔法の絨毯を手に入れたのだ。
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