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連載

#1 イーハトーブの空を見上げて

まるでトトロの森? 苔生した道祖神がほほ笑む、岩手・一関の新任地

連載「イーハトーブの空を見上げて」

岩手・一関へ赴任することになり〝ボロ局舎〟へ到着した記者。引っ越し報告をしようとお宮参りへ向かったら…
岩手・一関へ赴任することになり〝ボロ局舎〟へ到着した記者。引っ越し報告をしようとお宮参りへ向かったら…
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。
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イーハトーブの空を見上げて

まるで「お化け屋敷」だけど…

岩手県一関市に赴任したのは2021年の春だった。

「局舎が古くて申し訳ないのだけれど……」と上司に事前に告げられていたので覚悟はしていたが、引っ越しのトラックが着いたのは、想像以上のボロ局舎だった。

鍵を開けて中に入ると、カビ臭い淀んだ空気の臭いが立ちこめ、床板は腐りかけて今にも踏み抜きそうだった。

和室の障子紙はビリビリにやぶれ、まるでミカン汁をつけて炭火であぶり出したような黄ばみがあちこちに染みついている。

洗面所のお湯は出ず、台所の給湯器を使って手を洗わなければならなかった。

木製の窓枠は長い風雨によって歪み、隙間を埋めるようにテープ状のスポンジが接着されていたが、それが冬場、外から吹き込んでくる雪混じりの風をどれだけ防いでくれるのかはわからなかった。

表には十数年前に廃止されたはずの「通信局」の看板が掲げられている。

それでも、小学生の娘2人にはとっては、その「物件」が極めて魅力的に映っているようだった。

「お化け屋敷みたい」と2人は嬉しそうに顔を見合わせて笑った。

彼女たちの小さな目には、この床が抜けそうなボロ局舎が、宮崎駿のアニメ「となりのトトロ」に出てくる転居先の家に映っているらしかった。

引っ越し報告 娘たちとお宮参りへ

住所は「宮前町」といった。近くに神社があるのだろうと推測し、「トトロ」の父親同様、娘と引っ越しの報告を兼ねてお宮参りに出向くことにした。

近くの杉林に踏み入ると、目の前に現れた光景に一瞬気後れした。

400段以上もある石段が天を突くように空へ向かって伸びている。かすんで見えない雲の上には配志和(はいしわ)神社が鎮座しているらしかった。

「さあ、神様に挨拶しに行こう!」

そう言い出すよりも早く、2人の娘が階段を駆け上がっている。

石段を登りながら林の中に視線を向けると、緑に苔生した道祖神が笑っている。

良き土地に来たな、と私は思った。

「早く、早く」と頭上で娘たちの呼ぶ声が聞こえる。

(2021年3月取材)

三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。
書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。
withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した
 

「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。

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