連載
まるでトトロの森? 苔生した道祖神がほほ笑む、岩手・一関の新任地
連載「イーハトーブの空を見上げて」
岩手県一関市に赴任したのは2021年の春だった。
「局舎が古くて申し訳ないのだけれど……」と上司に事前に告げられていたので覚悟はしていたが、引っ越しのトラックが着いたのは、想像以上のボロ局舎だった。
鍵を開けて中に入ると、カビ臭い淀んだ空気の臭いが立ちこめ、床板は腐りかけて今にも踏み抜きそうだった。
和室の障子紙はビリビリにやぶれ、まるでミカン汁をつけて炭火であぶり出したような黄ばみがあちこちに染みついている。
洗面所のお湯は出ず、台所の給湯器を使って手を洗わなければならなかった。
木製の窓枠は長い風雨によって歪み、隙間を埋めるようにテープ状のスポンジが接着されていたが、それが冬場、外から吹き込んでくる雪混じりの風をどれだけ防いでくれるのかはわからなかった。
表には十数年前に廃止されたはずの「通信局」の看板が掲げられている。
それでも、小学生の娘2人にはとっては、その「物件」が極めて魅力的に映っているようだった。
「お化け屋敷みたい」と2人は嬉しそうに顔を見合わせて笑った。
彼女たちの小さな目には、この床が抜けそうなボロ局舎が、宮崎駿のアニメ「となりのトトロ」に出てくる転居先の家に映っているらしかった。
住所は「宮前町」といった。近くに神社があるのだろうと推測し、「トトロ」の父親同様、娘と引っ越しの報告を兼ねてお宮参りに出向くことにした。
近くの杉林に踏み入ると、目の前に現れた光景に一瞬気後れした。
400段以上もある石段が天を突くように空へ向かって伸びている。かすんで見えない雲の上には配志和(はいしわ)神社が鎮座しているらしかった。
「さあ、神様に挨拶しに行こう!」
そう言い出すよりも早く、2人の娘が階段を駆け上がっている。
石段を登りながら林の中に視線を向けると、緑に苔生した道祖神が笑っている。
良き土地に来たな、と私は思った。
「早く、早く」と頭上で娘たちの呼ぶ声が聞こえる。
(2021年3月取材)
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