「就活サイト」と聞いて、どのサイトを思い浮かべるでしょうか。マイナビ、リクナビといった大手に加えて、近年、存在感を増しているのが株式会社ワンキャリアの運営する「ONE CAREER」です。同社によると、利用率は2023年卒の就活生で60%を超えているとのこと。今年、発表された生成系AIを活用したエントリーシート(ES)作成サービス「ESの達人」の狙いとあわせて話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
説明のためにモニターに映し出された、シンプルな入力画面。そこから「書きたいトピック」「(そのトピック)では何をしたか」「あなたの強み」「どの業界」「何文字程度」などを選択していくと、30秒もかからずに就活のESが作成されました。
これはChatGPT APIを活用したES作成サービス「ESの達人」によるES作成の様子です。ワンキャリアが開発・提供しています。
同社が運営する就活サイト「ONE CAREER」に投稿された15万件のESデータをもとにESを自動生成することで、ESの書き方に悩む時間を大幅に削減し、自身の経験や特徴を振り返ることに集中できるようになるといいます。ベータ版の使用者は公開後1カ月で1万人を超えるなど好評だといいます。
複数の調査によると、1社分のES作成にかける時間は、「数時間」という人が多い中、30秒以内というのは圧倒的に短い時間です。
「ONE CAREER」に対するイメージは、世代により大きく異なるでしょう。いわゆる就活サイトは、長らく「マイナビ」「リクナビ」といった大手企業運営のものが有力でした。
一方で、近年、その状況には変化も訪れています。HR総研と楽天みん就(新卒就職口コミサイト)による「2024年卒学生の就職活動動向調査」では「最も活用している就職ナビや逆求人型サイトTOP10」でONE CAREERが2位、マクロミル実施 「就職活動サイト・アプリに関する調査」(2022年5月)では「選考対策で最も活用された就活サイト」など4つの項目で同サイトが1位になっています。
ワンキャリアは2015年8月に設立。前身の会社で2014年にリリースされたONE CAREERは就活サイトとしては後発ですが、リリース当初からデータの重要性を意識し、キャリアデータ(採用活動に関する体験情報や求人情報など)保有数とその利活用に強みを持っています。
現在までに約50万件のキャリアデータを収集し、近年は冒頭の事例のように、データをAIと掛け合わせるサービス提供を積極的に行っている就活サイトです。
同社によれば、2023年卒の就活生におけるONE CAREER利用率(※)が、初めて就活生全体の60%を突破したということです。現在の就活世代にとっては、知らない人の方が少ないと言えるでしょう。
※各年に大学もしくは大学院を卒業するユーザーの、卒業年度別学生の総数に対するシェア率。ただし、2023年卒ユーザーのシェアは、 2022年12月末時点までに同社サービスを利用したユーザー数により算出。なお、卒業年度別学生数については、2023年は2022年入社者と同等の数値を採用。
同サイトのこの約10年の歩みについて、同社マーケティング事業部ブランドマネージャーの厚地峻一(あつち・しゅんいち)さん、新卒プロダクト事業部プロダクトマネージャーの勝又瑞稀(かつまた・みずき)さんを取材しました。
厚地さん、勝又さんによれば、ONE CAREERの認知が高まってきたのは2019年ごろから。3月に実施された、人気企業の通過したESを閲覧できるキャンペーン「#ES公開中」が奏功したとします。
それまで「都市部の大学生を中心に利用されるイメージがあった」という同サービス。旧帝大クラスの利用率が高いこと、大手企業やメガベンチャー企業の情報が多く掲載されることは、新興就活サイトである同サービスを牽引した要因でもあります。
それが現在は、「最も活用している就職ナビや逆求人サイト」としてマイナビに次ぐ2位になるまでに。大きな躍進の理由は「エンドユーザー重視の姿勢」だと厚地さんは分析します。現在までにユーザーから約50万件のキャリアデータを収集し、それをサービスに活用するデータドリブンの方針が、大手のシェアを切り崩したとも言えます。
厚地さんはこの約10年で、就活全体や就活生に変化が生じているとみます。その一つが企業と学生の関係の変化です。
「あくまで全体の傾向についての担当者の印象になりますが、企業と学生、どちらかが上位ということではなくなってきました。一方向的でなくなり、目線がそろってきたと感じます。これまでブラックボックスだった新卒採用の情報がストックされることで、少しずつ企業と学生の関係が均衡してきたと言えるのではないでしょうか」
SNSの普及により、求職者も発信力を持つようになったことも象徴的だとします。パワハラや圧迫面接などがあれば、それをSNSで発信することで、問題になりやすい土壌になっているためです。
「学生もまた、セカンドキャリアを意識する人が増えています。当社の調査では、4割ほどが将来の転職を前提に就活に取り組んでいます。そのような求職者は“一つの企業に勤め上げる”といった価値観ではありません」
「就活に対する価値観が多様化している」とする厚地さん。同社では中途転職のサービスも展開しており「ひとつなぎでユーザーをサポートしていくのはまだ挑戦中」としながら、実際に起業など、学生のときに描いたキャリアを実現する人もいると紹介してくれました。
厚地さんはこの約10年を「逆に言えば3~4割は弊社のサービスを利用していないことになるので、まだまだ発展途上ですが、その分、データを活用することでやってきました」と振り返ります。
勢いを増す同社ですが、「地方の企業、例えば地場の有力企業さんのような情報はやはり不足している」と厚地さん。企業と学生の立場の不均衡だけでなく、地方と都市の就職市場の情報の不均衡も、埋めていくのが目標だということです。
ワンキャリアの「ESの達人」のようなサービスにより、今後の就活の変化はさらに激しくなることも予想できます。同サービスの開発責任者でもある勝又さんは、同サービスを「あくまでESの初稿を作るもの」とし、「学生がより本質的なことに時間を使えるようにするのが狙い」だと説明します。
「実際に就活をすると、世の中にある企業の多さに驚きます。その企業ごとにさまざまな準備をするので、学生には時間が足りません。また、昔よりも“働くこと”そのものへの問いも増えていると感じます。ESの達人のようなサービスで就活を効率化し、学生にはその分、どんなキャリアを歩みたいのかを考える時間にあててもらえれば」
また、就活のハードルを下げることで、「企業と学生のマッチングの機会も創出できる」ため、就活市場全体をさらに活性化することにもつながるとします。
ここで、記者には一つの疑問が生まれました。学生が苦労しているということは、企業もまた苦労しているとも言えます。ESを例にしてみても、企業は採用数の何倍、何十倍、場合によっては何百倍もの書類をチェックしなければいけないはずです。
こうした状況から、企業側にも同様に、AIなどのテクノロジーを導入し、就活への対応を効率化する動きが出てきています。
でも、双方がAIで就活を効率化するなら、そもそもESの形式を取る必要があるのでしょうか。もちろん、一定の手順を踏ませることで判断できることもあるのだとはわかりつつ、AIで作成されたESを、AIでチェックする――それならば、ESがそもそも不要では、という気もしてきます。
勝又さんも、近年は学生側がスカウトを待つ「新卒逆求人サイト」のようなサービスが出てきていることに触れ、またONE CAREER内でも学生のプロフィールを企業が直接、閲覧できるサービスがあると説明した上で、展望を話してくれました。
「今の学生は、社会人になる前からChatGPTのようなテクノロジーに接しています。働き方自体も、今後、劇的に変化するのではないでしょうか。そんな中では、必然的に就活のようなシステムも平準化されます。だからこそ個性が光る、そういうふうに変わっていってほしいと思います」