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「マイペース」から一転、トラブル続き 発達障がいの息子を育て働く
「1週間休ませたら?」校長の言葉に母親は…
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「1週間休ませたら?」校長の言葉に母親は…
発達障がいの一つ、自閉スペクトラム症(ASD)と診断された長男は、キレやすくコミュニケーションが苦手。正社員として働く母親は何度も学校から呼び出され、そのたびに会社から1時間かけて迎えに行きました。仕事を辞めることも考えたという女性ですが、いまも働きながらやりくりをしています。女性に働く理由や、必要な支援について聞きました。
「お母さん、息子さんが落ち着くまで、1週間くらい休ませたらどうですか」
東京都の女性(48)は息子(10)が小学3年生の頃、学校から頻繁に呼び出されました。多い時は週に2回ほど。3日連続ということもあり、ある日、校長からそう言われました。
「1週間休んで落ち着くというものではないんです」と言い返したい気持ちをのみ込んでいました。
長男は多動傾向が強いASDで、気持ちの切り替えが難しいという特性があります。
突発的な行動も多くキレやすい。友だちと関わりたいという気持ちも人一倍強いのに、コミュニケーションがうまくできずに、いらだちや不安、混乱が怒りで表現されてしまいがちーー。
特に3年生の時の担任教諭やクラスメートとの相性はよくありませんでした。一度怒ると手がつけられなくなり、長時間暴れてしまうこともあったそうです。
女性はニュース映像制作の会社に正社員として長年勤めています。夫(51)は勤務時間が不規則なこともあり、子育てにはあまり関与できておらず、女性がほぼ1人で担ってきました。
息子の発達が気になり始めたのは2歳の頃。保育園の運動会のダンスで、他の子どもたちは当時はやっていた曲にあわせて踊っているのに、息子1人だけアンパンマンのダンスをしていたといいます。
ただ、未就学児の検診でひっかかることもなかったので、「マイペースな子だな」と思う程度でした。
同じ時期に、都内の別の区に引っ越しをしました。息子が気持ちの切り替えが難しい子だということは分かっていたので、環境の変化に適応しやすいように、引っ越す前に新居に連れて行って説明するといった対策を講じていたそうです。
しかし、実際に引っ越すと、息子は前の家に戻りたがって泣き叫びました。前の家ではすぐ近くから東急電鉄の電車がたくさん見られたので、電車好きの息子は「東急に帰りたい!」と繰り返したといいます。
引っ越した先の新しい保育施設では、最初から友だちへのかみつきが頻発したり、昼食をまったく食べなかったりで、1週間の慣らし保育の後に「うちでは預かれません」と断られました。
別の保育施設が見つかるまでの10日間ほど、会社を休まざるを得ませんでした。
別の保育施設に入ることができましたが、友だちを階段の踊り場で押してしまったり、おやつをもらう順番が気に食わなくて暴れたりと、幸い大事には至らなかったもののトラブルは続きました。
登園したがらず、10分以上泣き叫び続けることも珍しくありません。そんなときは女性が会社に遅刻したり、休んだりして対応していました。
5歳頃に、医師からASDとの診断を受けました。
それまであまり関わることがなかったベテランの保育士に、受診を勧められたのが直接のきっかけでしたが、「診断がないと会社を休みづらい」という事情もありました。
「『うちの子、育てづらいんで』というだけでは、なかなか通用しないので」と振り返ります。
小学校入学前は、通常学級に通わせるべきなのか特別支援学級にしたほうがいいのかもわかりませんでした。
区の就学相談に相談してみましたが、知的発達に遅れはなく、大人とは難しい言葉も使いながらスムーズにコミュニケーションがとれる息子をみると、「何が問題なんですか?」と尋ねられ、なかなか理解してもらえません。
結局、通常学級にしましたが、トラブルは今も絶えないといいます。
女性は職場で、診断結果も含めて息子のことをすべて共有しています。
息子が登校を渋るたびに遅刻したり、学校から呼び出されて早退したりすることも少なくありませんが、上司や同僚も理解してくれているそうです。それでも、自分から手を挙げて責任ある仕事を引き受けにくいといいます。
息子を療育施設にも通わせていますが、女性の仕事が休みの土日の枠は、希望者が多くて取り合いになってしまいます。
会社を辞めれば、平日にもっと療育施設に通わせることができると思いますが、夫の稼ぎだけで生活を回すとなれば、経済的にかなり厳しくなるかもしれません。仕事を辞めるという選択肢は現実的ではありませんでした。
一方で、コロナ禍で女性が「唯一よかったこと」と振り返るのは、会社の在宅勤務制度が整ったことです。
それまでは息子のことで呼び出されるたびに、会社から1時間かけて自宅付近まで戻っていましたが、家で仕事をしていればすぐに迎えに行けます。「休むことが減って、まっとうに仕事ができるようになりました」
特に、息子が最も学校に行き渋っていた小学3年生の頃は、仕事の始業・終業時間をずらす勤務配慮も利用することで、午前中の2時間をめどに学校で息子に付き添いました。「在宅勤務の制度がなかったら、会社を辞めざるを得なかったと思う」と振り返ります。
5年生になった息子は、以前と比べるとかなり落ち着き、毎日登校しています。学校からの呼び出しも最近はありません。
コロナ禍が落ち着いた現在も、会社の在宅勤務制度は育児や介護など社員の個々の状況に応じて使い続けられています。
記者が「育児と仕事の両立がもっとしやすくなるには、どんなサポートがあると助かりますか」と尋ねると、女性は次のように答えてくれました。
今後、在宅勤務を基本としつつも、週に数回出社することが必要になった場合を考えると、今は利用していない放課後等デイサービスを使って息子を預かってもらうことも選択肢の一つになると考えているそうです。
ただ、仕事を18時に終えて迎えに行けるのは、早くても19時。預かり時間を18時までとしている放課後等デイサービスが多いので、延長など柔軟に対応してもらえるようになると、「育児と仕事の両立がしやすくなる」と感じているそうです。
会社の勤務配慮も、現状では子どもが小学3年生までしか使えませんが、年齢が上がっても状況に応じて使えるようになれば……とも感じるそうです。「そうすれば、平日に息子を療育に通わせる時間を作ることができるかもしれません」
時短勤務や勤務配慮などで仮に給料が減ったとしても、共働きのままでいられるなら、「経済的にはとても助かります」と話す女性。
企業にとっても、キャリアを積んできた人材ができる限り働き続けられることは「メリットがあるのではないか」とも思うそうです。
「社員としての責務を果たしたい。一方で、息子の心にも寄り添いたい」。毎日、難しい両立の課題に頭を悩ませています。
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