話題
「自閉症の兄は、びっくりするくらい硬直する」動画公開した弟の真意
〝異彩作家〟が生み出すビジネス価値
玄関のドアにもたれかかって、微動だにしない男性。「自閉症の兄・翔太は、自宅の玄関で、びっくりするぐらい硬直する」――。そう書き添えてSNSに投稿したのは、松田崇弥・文登さんのアカウントでした。知的障害のある作家のアート作品を手がける会社「ヘラルボニー」を立ち上げたふたり。なぜお兄さんの動画を公にしようと思ったのか、真意を聞きました。(奥山晶二郎)
7月16日、SNSに流れてきた動画に目が釘付けになりました。
投稿したのはヘラルボニー社長の松田崇弥さんです。双子の文登さんと一緒に2018年、会社を設立しました。
自閉症の兄・翔太は、自宅の玄関で、びっくりするくらい硬直する、松田家の風景、おすそわけ。 pic.twitter.com/jhMkdODyho
— 松田崇弥・文登【ヘラルボニー|双子起業家】 (@heralbony_twins) July 16, 2023
崇弥さんは、兄・翔太さんと、自身の4歳になる娘さんとの近頃の日常から話しはじめました。
「兄貴と娘が過ごしているのがすごくいいなって思ってて。兄貴は、知能指数で測れば『3歳』とされてはいるんですが。でも、一緒にブランコに乗ったり、滑り台を並んで滑ったり、ボールプールにも行っちゃいます。体は35歳だから〝ばっしゃーん〟って飛び込むと、ちょっと危ない時もあるんですが、でも、自分の中ではすごくいい風景だと思っているんですよね」
大学を卒業後、一度は会社員になった崇弥さんと文登さんでしたが、起業の道を選んだのは、翔太さんの存在があったからです。
障害のある人に対して「ふつうじゃない」「かわいそう」といった目が向けられる世の中を変えたい。そのため、知的障害のある作家のアート作品をアパレルや雑貨に落とし込み、日常に溶け込むアイテムとして販売する活動を始めました。建設現場の仮囲いの装飾にアートを描くなどその幅を広げてきました。
根底にあるのは、障害者の存在を隠すのではなく尊重するという思いです。
「日本で知的障害のある人は108万人いるとされていますが、108万人の存在として世の中で見かけるかというと、そんなことないという現実がある。でも、当たり前に存在しているのなら、それを公にすることを躊躇することはないと思っていて。だから、動画を投稿する時も、『どう思われるか』よりも『ただ存在しているものの発露』という気持ちが強かったんです」
もちろん、アップする際は翔太さんに了解をとっており、崇弥さんに気づいた翔太さんがピースサインをするところで動画は終わっています。同時に、そこには複雑な気持ちもあると明かします。
「兄貴に聞くと『あげていい!』って言うんです。はたしてどれだけ分かってるかというと……『動画を見せたい』っていうある種の自分の暴力性もあるとは思っています。兄だから許容してくれているのかなと」
それでも、できるだけ丁寧にコミュニケーションをとる。それは、ヘラルボニー設立当初から守ってきた作家に対する姿勢に重なります。
ヘラルボニーと作家はあくまで対等です。たとえば絵画をネクタイやシャツのデザインに落とし込む際には、そういった使い方に納得しているか、作家へ確認をとりながら進めます。
ヘラルボニーの設立5周年を記念した、日本橋三越本店(東京都中央区)でのポップアップストア「異彩の百貨店 2023 夏」には、そうやって輪を広げていった作家たちの原画や、アパレル商品、雑貨などが多数、展示販売されています。
内覧会で崇弥さんは、作家の名前を呼び捨てで紹介していました。それは、知的障害のあるなしに関わらず、それぞれを一人のアーティストとして向き合い、一緒に仕事をしていることのあらわれだと感じました。
「作家さんへのリスペクトは社員みんなが持っています。私たちにはできないことをやっている、やっぱりすごいってことは当たり前のように思っています」
崇弥さんと文登さんの共著『異彩を、放て。「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える 』(新潮社)には、こんな一節が書かれています。
あくまでお金を稼ぐビジネスのため、作家と一緒に仕事をしているというのがヘラルボニーの姿勢です。それを〝支援〟と言ってしまうと、障害のある人が社会参画するには「健常者に近づける」ことが前提になってしまう。
崇弥さんは、「ヘラルボニーはむしろ知的障害のある作家たちに依存している」と言います。一方で、これまで1度だけ〝障害を売り物にしないで〟といった批判を受けたこともあるそうです。
「でも『障害を売り物するのはよくない』と決めつけて、『かわいそう』という理由で社会参画させないのが、一番かわいそうなことなのではないでしょうか」。崇弥さんは、そう指摘します。
「本人たちの得意なところを大事にして、それを金銭と結びつけてアクションをとれたのなら、資本主義経済でも高い波に乗れるという手応えを感じています」
5周年の催しは、三越の創業350周年に合わせて企画されました。ルイ・ヴィトンやジバンシーといったLVMHグループをはじめとした世界中のラグジュアリーブランドが集まる、老舗デパート1階のど真ん中のフロアに、〝異彩作家〟の作品と商品が出現したことになります。
「あえて、ハイエンドのところで出したいっていう思いはすごくあります。LVMHグループの横にヘラルボニーがいることは、障害のある家族と一緒に過ごしてきた人にとって希望になるはずだから」
兄・翔太さんの満面の笑みで終わる7月16日の動画の投稿には、<松田家の風景、おすそわけ。>という言葉も添えられていました。
投稿の文章は、とても自然体で、同時に確固とした意思が伝わってきます。それは崇弥さんたちが障害者の社会参画に真剣に向き合ってきたからこそ出せるメッセージだったと思います。
<ゆっくりゆっくりですよね>
<(硬直する)理由はちゃんとありそう>
<最高の笑顔>
翔太さんの動画に対して寄せられたのはどれも温かい言葉ばかりで、ネガティブな反応はほとんどありませんでした。
今、ヘラルボニーと契約している作家の中には数百万円の収入があり確定申告をする人もいます。障害があってもなくても、当たり前のように社会に存在できる。崇弥さんたちが目指す世の中は、ちょっとずつではありますが近づいているのかもしれません。
「もちろん、まだまだ課題もいっぱいあります。もっと変えていかなきゃいけない。でもやっぱり、一番痛快なストーリーを描いていきたいですね」
1/10枚