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連載

#60 どうぶつ同好会

「マンボウはすぐ死ぬ」都市伝説化から10年 今振り返る発生源

ネットで生まれ、歴史の浅い「伝説」だった

出典: Getty Images

目次

マンボウはしばしば「死にやすい」というイメージとともに語られることが多い生き物です。「ジャンプの着水の衝撃で死ぬ」「朝日が強すぎて死亡」「近くにいた仲間が死亡したショックで死亡」……ネットに流布するこうした「死因」は正しい情報ではなく、いわば「都市伝説」。しかも、この10年でネットを通じて急速に広がっていった比較的歴史の浅い“伝説”で、あるツイートが流行のきっかけだったとわかっています。インターネットカルチャーを色濃く反映する、「マンボウ最弱伝説」についてマンボウの研究者に聞きました。(ライター・野口みな子)
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マンボウの都市伝説「ネットのなかで誕生」

話を聞いたのは、『マンボウのひみつ』(岩波ジュニア新書)などの著書がある『海とくらしの史料館』(鳥取県)特任マンボウ研究員の澤井悦郎さんです。

2017年に論文で発表されたマンボウ属の新種「カクレマンボウ」の名付け親であり、マンボウの都市伝説などの民俗についても調査してきました。
「私がマンボウの研究を始めた2007年頃には、現実にもネットにも、マンボウが『死にやすい』というイメージはありませんでした。都市伝説が流行る以前は、ゆっくり泳ぐ姿から、メディアでも『海ののんき者』のように表現されることが多く、穏やかなイメージが浸透していました」
水面をただようマンボウ
水面をただようマンボウ 出典: Getty Images
そんなマンボウが、なぜ「死にやすい」というイメージと結びつくようになったのでしょうか。これにはインターネットとSNSが大きく関わっていました。

「マンボウの都市伝説の発生源のひとつはWikipediaにある」と澤井さんは話します。

マンボウの生態には、水中から水面に向かって加速し、頭からジャンプをする行動が知られています。このジャンプ行動について、なぜか2010年前半にWikipediaに「着水の衝撃で死に至る事がある」という加筆が行われました(この加筆は2013年に削除された)。

マンボウがジャンプをする理由は明らかになっていませんが、一般的な魚類にもこうしたジャンプ行動はみられ、多くは体表についた寄生虫を落とすためと考えられています。

澤井さんは「ジャンプによってマンボウは死ぬことはなく、裏付ける文献もない情報なので、なぜ加筆されたのかわからない」と話します。

しかし、この謎の加筆をきっかけに、ネットのなかでこうした真偽不明の情報が「マンボウ最弱伝説」と化していくことになります。

「バズ」をきっかけに2013年に急速に広がる

2010年後半から、Wikipediaの記載を下敷きとして、ネット掲示板「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」などで「マンボウの死因」を取り上げるスレッドが立つようになっていきます。

さらには、2012年にまとめサイトの「NAVERまとめ」(2020年にサービス終了)で、「マンボウのドジっ子すぎて泣ける生態」という記事が公開されました。

「ほぼ直進でしか泳げず岩に激突して死んでしまう」や「一気に潜って水温差にびっくりして死んでしまう」などの誤った「死因」がまとめられたことで、マンボウの死因の「大喜利化」が加速していきました。
「当時、個人ブログなどに書かれた真偽不明の情報を引用しつつも改変して、『マンボウが死にやすい』というイメージを膨らませていく人たちがいたのです」(澤井さん)
「NAVERまとめ」で公開されていた記事
「NAVERまとめ」で公開されていた記事 出典:Internet Archiveより
こうしてネットの海であらぬ方向に泳がされてしまったマンボウ。死因がコンテンツ化していくなかで、一気に多くの人の目に留まることになったのは、あるツイートによるものでした。

10年前の2013年8月5日、とあるTwitterアカウントが「マンボウの死因一覧」として、「朝日が強過ぎて死亡」「海水の塩分が肌に染みたショックで死亡」「近くに居た仲間が死亡したショックで死亡」「近くに居た仲間が死亡したショックで死亡した仲間から受けたストレスで死亡」など独自に考えたネタをツイートしました。

これが1万回以上リツイートされたことで、さらに便乗と拡散が繰り返され、しまいにはテレビでも取り上げられることに。この一連の流れで劇的に知名度が高まり、10年後の現在に至るまで「マンボウ最弱伝説」が根強く残ることになったのです。

2013年当時、日本でのTwitter利用率は17.5%(総務省「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」)。5年後の2018年には37.3%まで倍増することになるのですが、情報を拡散する文化が醸成していく真っ只中だといえます。

Wikipedia、2ちゃんねる、NAVERまとめ、Twitterと、2000年代以降のインターネットの文化形成を担うプラットフォームのなかで、「マンボウ最弱伝説」は姿を変えながら、語り継がれていったのです。
Twitterの利用率は10年で約3倍に。2021年には46.2%にもなっている。
Twitterの利用率は10年で約3倍に。2021年には46.2%にもなっている。 出典:総務省「令和3年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」より
ちなみに、このような経緯からわかるように、「マンボウは死にやすい」というのは日本独自のイメージで、「海外ではこんな話は聞いたことがない」と澤井さんは話します。

「マンボウ最弱伝説」の真偽はいかに

当時発生した「マンボウ最弱伝説」は、ガセか、ネットなどから得た情報の一部を曲解したものです。たとえば、有名なものに以下のようなものがあります。
(1)ほぼ直進でしか泳げず岩に激突して死んでしまう
上述のNAVERまとめで出現した死因で、澤井さんは「方向転換するときは少し大回りになるが、直進でしか泳げないことはない」といいます。

マンボウは水族館での飼育が難しい魚類のひとつとされ、スペースが限られた環境では、壁にぶつかって傷ついてしまうケースが今もよくあるそうですが、「自然界で岩に激突して死ぬなんてありえない」と指摘します。
出典: Getty Images
(2)一気に潜って水温差にびっくりして死んでしまう
マンボウは、エサとなるクラゲなどが豊富な水深200m以上の深海に、日常的に潜っていることが明らかになっています。マンボウの仲間の「ウシマンボウ」に至っては、水深1112mという深い場所まで潜った記録も残っています。

澤井さんは「マンボウが特別水温差に弱いということはなく、言ってしまえば人間と同じように温度的に無理と感じるところまでしか潜らない。また、大きな個体ほど皮膚が分厚くなるため、より深く潜れると考えられている」と解説します。
(3)近くにいた仲間が死亡したショックで死亡
この説については、澤井さんは「どうしたらそんな死因がわかるのか」と一蹴。これ以外にも「朝日が強過ぎて死亡」や「海水の塩分が肌に染みたショックで死亡」など、明らかに「ネタ」として生み出された死因がたくさんあります。ちなみに、マンボウは大型個体ほど群れない傾向があるとされています。

なぜマンボウは格好のネタにされてしまったのか

マンボウの研究に携わりながら、リアルタイムでこの様子を見ていた澤井さんは「最初は何が起こっているのかわからなかった」と当時を振り返ります。

研究対象であるマンボウが注目を浴びるのはありがたく感じる一方、「次々と新たな『死因』が増えていき、実際の生態とはかけ離れた情報が広がっていくことに違和感を抱いていた」と明かします。

ネットから生まれた都市伝説は、ネットの外でも広く知られるところとなり、2014年には水族館で飼育員が都市伝説を否定していたというツイートが話題となったことで、やがて収束していきました。
出典: Getty Images
それでも澤井さん自身、「マンボウってすぐ死んじゃうんでしょ?」と聞かれることが未だによくあるといいます。

「SNSやメディアが情報を拡散したという要因もありますが、やはりここまで流行したのはネタとしておもしろかったんでしょうね。間違った情報だったとしても、おもしろければ人に話したくなりますし、多くの人は情報の真偽性にはあまり興味ないでしょうから、正しい情報の広がりにくさを感じます」

講演やSNSなどを通じて、マンボウの情報発信に努めてきた澤井さん。都市伝説が広がってから10年を機に、改めてその過程を詳しく振り返り、マンボウの都市伝説を検証するイベントを8月5日に大阪で開催します。

「ネットによって広がっていった文化のひとつとして、マンボウの都市伝説は民俗学的な観点からも興味深く感じています。イベントを通して、楽しくマンボウについて知ってもらえたら」と澤井さんは話しています。
     ◇

『マンボウの都市伝説 流行10年祭』
日時:8月5日(土)開場 18:00 / 開演 19:00
場所:Loft PlusOne West(大阪府大阪市)
出演:澤井悦郎(『海とくらしの史料館』特任マンボウ研究員)、ChumuNote(VTuber/ボーカリスト)、アズワン株式会社Twitter担当
詳しくはLoft PlusOne Westのサイト(https://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/255602)をご確認ください。

実は謎だらけ マンボウの生態

筆者が6年ほどマンボウの取材を行うなかで感じる魅力は、その愛らしい見た目と謎だらけな生態です。

マンボウの知名度は魚類のなかでも高い一方、生態についてはあまり研究が進んでいない魚でもあります。特に繁殖や産卵についてはほとんどわかっていません。

「3億個の卵を産むが成魚になるのは2匹程度」という噂が有名ですが、学術的には正確ではなく、マンボウがどれだけ卵を産み、どれだけ生き残るかなんて、実のところ誰も知らないのです。

わからないことばかりで知的好奇心がくすぐられる魚ではあるのですが、実はマンボウを研究している人もあまりいません。その要因のひとつが、マンボウは商業的な価値が低いことだといわれています。

わかりやすいところでいうと、食材として広がりにくいということです。

マンボウの食べる部分は傷みやすいため、食材として利用している地域は漁獲地が多く、多くの人にとっては気軽に食卓に並ぶような魚ではありません(ちなみに切り身などでよく販売される魚アカマンボウはマンボウの仲間ではありません)。養殖まで成功しているような他の魚類と比べれば、なかなか陽が当たらない状況にあります。

また、大きいもので3m以上、重いもので2t以上にもなるという点でも、研究対象としての難しさがあるそうです。サンプルを採取するだけでもたくさんの人の協力が必要であることを、澤井さんから常々聞いていました。マンボウの謎が解き明かされていくためには、まだまだ道のりは長そうです。

せっかくマンボウに注目が集まるなら、そんな一面も知ってもらえたら、と考えながら記事を書いています。

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