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夫のプライドが… おかざき真里さん「青年誌」で不妊治療を描く理由

受精卵にふれる「胚培養士」が主人公の漫画

不妊治療をするカップル。夫に「一度あなたも検査して」と妻は訴えますが、「俺のせいだって言うのか?」と返されてしまいます
不妊治療をするカップル。夫に「一度あなたも検査して」と妻は訴えますが、「俺のせいだって言うのか?」と返されてしまいます 出典: 「胚培養士ミズイロ」©おかざき真里/小学館

目次

昨年春に保険適用された不妊治療。漫画家おかざき真里さんは、クリニックで受精卵にふれる胚培養士を主人公にした作品を描いています。なぜ「青年誌」で不妊治療をテーマとした漫画を連載しようと考えたのでしょうか。作品に込めた思いを聞きました。(withnews編集部・水野梓)

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漫画「胚培養士ミズイロ」:不妊治療クリニックで、自らの手で精子と卵子を受精させ、小さな命を導く「胚培養士」の水沢歩(あゆむ)が主人公。高齢出産や男性不妊、卵子凍結といった患者のストーリーを描く。小学館「ビッグコミック週刊スピリッツ」で連載中(https://bigcomicbros.net/work/74787/)。単行本2巻が5月に刊行

受精卵に直接ふれる「胚培養士」

スピリッツで2022年10月から連載が始まった、おかざき真里さんの「胚培養士ミズイロ」。

前作の「阿・吽」の完結をひかえ、次の連載を構想していたとき、理系出身の編集者から「胚培養士って知っていますか?」と尋ねられたことが連載のきっかけだったそうです。

日本では14人にひとりが、体外受精で生まれています。晩婚・晩産化が進み、不妊の検査・治療を受けたことのある夫婦は18.2%から22.7%(4.4組に1組)に増加しています(2022年発表の出生動向基本調査)。昨春、不妊治療は保険適用になりました。

不妊治療クリニックで働く「胚培養士」は、医師の指導のもと卵子と精子を受精させるといった生殖補助医療を行います。受精卵に直接ふれる専門職です。

出典:「胚培養士ミズイロ」©おかざき真里/小学館

「胚培養士という仕事は知らなかったんですが、出産をしたとき、すぐ隣に『不妊治療』というのがあるということは感じていたんです。それで描いてみたいなと興味を持ちました」

おかざきさんが長女を出産したとき、公園デビューで出合ったママ友のひとりが、「この子は体外受精で生まれたの」と話していたことも印象に残っていたといいます。

「いまは不妊治療がさらに広がり、家族や親戚・同僚で経験する人がいるかもしれない。当事者じゃなくても知っておいてほしい、大事なことだなと思いました」

不妊の原因の半数は男性側にも

連載開始の1年ほど前から不妊治療のクリニックを取材し、たくさんの患者さんにも話を聞きました。

「取材してみると、患者さんのストレスは、『治療が実らなかった』ということもあるけれど、周囲の人から受けるものが大きいんだなと感じました」

不妊の原因の半数が男性側にもあること、突然次の治療の日程が決まるといった不妊治療の実態や、治療の負担が女性側に重くのしかかることなどはまだまだ広く知られていません。

出典:「胚培養士ミズイロ」©おかざき真里/小学館

そんななか、ミズイロを連載しているのは「青年誌」です。

精液のなかに精子がない「無精子症」は、男性の100人に1人が直面するともいわれ、漫画のなかでも無精子症と診断されて葛藤する夫婦が登場します。

おかざきさんは「不妊治療を取材していて、本当に男女不平等な治療だなぁと思いました。クリニックの医療関係者たちも、みなさん『本当に女性の方に負担が重い』とおっしゃっていたんです」と話します。

「妊娠できればいいのではなく、みんなその後の健やかな出産を願うわけですよね。でも、妊娠・出産は女性にしかできないんです」

治療の負担が重い女性のぶんまで…

以前、子育てが大変だった頃のおかざきさんも、夫から「言ってくれれば何でもやるのに」と言われたことがあるそうです。

おかざきさんは思わず、「じゃあ100歩譲って私が社長で、君が社員だとしよう。そうだとしても、社長に『言ってくれればやりますよ』と言う社員なんて、あなたは評価しますか?」と怒ったそうです。

「パートナーに親としての心構えや子育てを教えることまで、出産した妻がしなきゃいけないことなの? 夫と妻は同じく子育てをするパートナーじゃないの? って感じたんです」

出典:「胚培養士ミズイロ」©おかざき真里/小学館

「せめて、不妊治療で負担が重い女性のぶんまで、男性側の情報は男性が取りにいってほしい。男性側にも当事者意識を持ってほしい。そんな思いで漫画を描いています」と話します。

ライフプランに妊娠・出産があるなら…

そんな経緯から、作品は男性不妊を専門としたクリニックの医師が監修しています。

治療を経験した女性に話を聞くと、男性不妊の場合、「どうしたら夫のプライドを傷つけずに検査してもらえるか」「結果が出た時に、夫の心が折れてしまった」という声が多かったといいます。

漫画では、妻が「一度あなたも検査して」と訴えると、夫が「俺のせいだって言うのか?」と返すシーンも描かれます。

「うまずめ(石女)」という言葉など、子どもができないことを女性の問題とされていた過去もあり、上の世代にはまだまだ「不妊は女性のせい」という誤解も根強く残っているそうです。

出典:「胚培養士ミズイロ」©おかざき真里/小学館

おかざきさんは「若い頃から知識としておさえておく大切さ」を指摘します。

「半数は男性側にも原因があるということを当たり前の知識として踏まえていれば、『プライドが傷つく』『心が折れる』ということもないと思うんです」と話します。

「若い頃からの性教育は本当に大事だと思います。避妊の情報だけではなくて、ライフプランに妊娠・出産を考えておくなら、望んだときに望んだ相手と望んだ形で、子どもが持てるような情報も、早いうちに知っておいて損はないと思います」

治療の「納得」はどんなものか

一方で、不妊治療をしても、残念ながら子どもを授からないカップルもいます。

漫画では、45歳で妊活に取り組んだものの、妊娠できなかった女性に主人公の歩が「仕事を否定するものではありません」と言葉をかけるシーンもあります。

出典:「胚培養士ミズイロ」©おかざき真里/小学館

おかざきさんは「いろんな方にお話を聞いて、きっと納得するために治療を受けているんじゃないかなと思いました」と振り返ります。

「自分は精いっぱいやったから、子どもがいない人生も受け入れられる、と。どこかで納得したから、私に経験を語ってくださるんだろうなって。納得する言葉はどんなものか、ということを漫画の中でも描いてあげたい」

患者からは見えない「培養室」

〝小さな命〟にふれる胚培養士の現場。作品では、妊娠の「陽性」判定が出てデータが反映されたとき、培養室でスタッフたちが小さくガッツポーズをして「よしっ」と喜ぶシーンも描かれます。

また、受精卵が入っている「ディッシュ」を、主人公の歩が大切に両手で持って、ストレスをかけないように運ぶシーンも印象的です。

「体外受精や顕微授精の前に妊娠が成立する人もいますが、受精卵を扱うというのは、お金のかかるステップアップした治療の段階です。でも、ブラックボックスになっていて患者さんからは見えません。だからこそ、ちゃんと大切に扱っていることを知ってほしいなと思いました」と話します。

出典:「胚培養士ミズイロ」©おかざき真里/小学館
出典:「胚培養士ミズイロ」©おかざき真里/小学館

SNSでは、不妊治療をしている女性が、「ミズイロをテーブルに置いておいたら夫が読んでいて、そのおかげで治療のステップアップの説明がスムーズだった」と感想をつぶやいてくれたことが嬉しかったといいます。

「すでに当事者の方はたくさん調べていて、漫画に載っている情報は知っていると思います。だからこそ、不妊治療をしている周りの人に読んで知ってほしいし、情報の入り口にしてほしいです」と話しています。


おかざき真里『胚培養士ミズイロ』(小学館)

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