ネットの話題
社会課題が伝わらない「企画力つければいいだけ」記者に刺さった言葉
「義務感で見てもらうのは……」
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「義務感で見てもらうのは……」
動画の冒頭で自分が何者であるかを一言で紹介する、早口で情報を詰め込む、場面を次々切り替える――。SNSに日々投稿されるショート動画には、視聴者を飽きさせず、最後まで見てもらう工夫がこらされています。そのポイントをおさえつつ、「社会課題」を伝えようと挑戦し、YouTubeの登録者数を着実に伸ばしているアカウントがあります。
私がそのアカウントに出会ったのは、気になるネタを探すため日々1時間ほどの時間を費やしているTikTokパトロールをしていたときのこと。
最初は「また声の大きい、愉快なクリエイターが出てきたな」程度に見始めたものの、60秒後には、「これはおもしろいだけのエンタメではないな」と気づきました。
そのアカウントは、RICE MEDIAという「日本一面白く社会を知れるメディア」をモットーに動画を作り配信しているクリエイター。登場しリポートするのはRICE MEDIA代表のトムこと廣瀬智之さん(28)で、RICE MEDIAのYouTubeチャンネルの登録者は28万人います。
扱う話題は、プラスチックごみを減らす取り組みだったり、フードロスを減らす仕組みだったり――。RICE MEDIAが扱うテーマを言葉にすると「小難しそう」と思いますが、視聴者が拒否感なく見られるような工夫をこらした動画を見ると、そのイメージはがらっと変わります。実際、RICE MEDIAには「これだったら見られる」という感想が多く寄せられるといいます。
RICE MEDIA の動画パターンの一つは、伝えたい事象を1文で簡潔にまとめ、「こんにちは!RICE MEDIAのトムです!」という自己紹介をはさみ、さらに取材現場をリポートするかたち。トムさんの高めの声のトーンや、矢継ぎ早に繰り出される情報が特徴ですが、中身はきわめて硬派な社会課題です。
社会課題というと、おへそに力を入れて「よし、社会問題を考えるぞ」「よりよい社会にするぞ」という気持ちで見るイメージがあります。もっといえば、寝る前に寝転んでだらだらと見る動画の内容で「社会課題」はできるだけ避けたい。恥ずかしながら、記者である私すらそんな気持ちになることもあります。
ところが、RICE MEDIAの動画は、おへそに力を入れず、寝転んでだらだらと見ることができました。私は。
社会の一員なのに、そこはかとなく感じる「社会問題を考える」というハードル。そのハードルについて、トムさんは、「『義務感』の中でコンテンツを見てもらうのは、人間の心理的に無理があると思う」と話します。
2021年末から現在のように社会課題がテーマの動画投稿を始めたRICE MEDIAですが、当初はいわゆる「報道っぽい」フォーマットだったといいます。ですが、再生回数はせいぜい数千回程度。
ユーザーに聞き取りをしてみると、「いいことではあると思うんだけど、忙しくて見られない」との声が寄せられました。
そこで気づいたのが上記の「義務感で見てもらうのは無理がある」という視点。「極端な話、お金払ってでも見たいですっていうコンテンツが作れたら勝ちだと思った」と、わずか4カ月で現在のかたちに方針転換しました。
元々TikTokやYouTubeを見ることが好きだったというトムさんが重視したのは「テンポ感」や「現場感」。途中で動画を見るのをやめてしまう「離脱」防止策として、情報や音を重ねていくテクニックも駆使します。
以前数千回再生しかされなかったネタでも、フォーマットを換えて動画を投稿すると、数万回、数十万回と再生されるようになったといいます。
昨年夏には、「1カ月プラなし生活」を配信し、YouTubeでの総再生回数が約2.1億回にのぼるまでになりました。その動画についての取材も相次ぎ、現在YouTubeの登録者数は28万人になっています。
政治や社会問題などについて行動を起こさなかったり考えていなかったりするように見える人たちのことを、「考えている側」の人は「社会に無関心だ」とくくりがちですが、トムさんは「そうではない」と言います。
「そもそも情報が届いていない。それこそが課題だと感じている」とトムさん。その上で、キーワードとしてあげるのが、情報が受け手に届いていない「未認知」という状態です。
「メディア側が発信の仕方を変えて、ちゃんと届くコンテンツを作れば知ってもらえます。人間ってそんな悪い人たちじゃないと僕は信じているので、届きさえすればそのために何かしようと思う人が増えると信じているんです」
「未認知」の状態を変えるために、伝え方の工夫で「入り口」を作ろうとしているのがRICE MEDIAなのだといいます。
新聞社に入社し今年で13年目の私は、言葉を選ばずに言うと、数年前まで「伝えたい」が先走り、「伝わるにはどうしたらいいか」を考えることを怠っていたように思います。
特に、若者の自殺防止を大きなテーマとして掲げた「#withyou」という企画では、その届け方や伝え方に試行錯誤した経験があります。
一番伝えたかったのは「つらくなったときに相談先を頼ってほしい」というメッセージ。でも、相談先の情報をただ伝えたり、支援の取り組みを伝えたりする記事では、本当につらい子たちは反応してくれないように感じていました。
その中で、記事のスタイルを変えたり、さまざまなSNSを使ったりして挑戦したことから、トムさんが、視聴者(受け手)目線でコンテンツを作る姿勢に非常に共感しました。
もちろん報道機関には、権力を監視し問題があればそれを追及する役割もあります。それと同時に、考えてもらいたい問題をどうすれば考えてもらえるかにも力を注いでいくことで、よりよい社会を目指せるのだと、トムさんへの取材を通じて改めて感じています。
トムさんへの取材で特に印象に残っている言葉があります。
RICE MEDIAが扱うテーマを、プラスチックごみやフードロスといった身近な問題だけでなく、ゆくゆくは社会課題全般に広げたいという話をしていたときのことです。
「現状、伝えきれていないテーマがあることに納得はしていません。ですが、視聴者が見てくれないテーマを伝えたいなら、僕たちが企画力をつけていけばいいだけだと思っています。逆にそこが腕のふるいどころです」
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