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新品の筆、どこまでおろす? 職人の答えは… 「所詮は道具」の真意

「筆の選び方は強制されるものではなく、書き手の自由であるべき」

あかしやが管理する筆の穂先の種類は1千種類以上。見た目の違いをわかりやすくするための工夫があります=あかしや提供
あかしやが管理する筆の穂先の種類は1千種類以上。見た目の違いをわかりやすくするための工夫があります=あかしや提供

目次

300年にわたり伝統のある奈良の筆メーカーが、筆の正しい保管方法をツイートし、大きな反響を集めました。そもそも筆を使い始めるときには、どこまで筆をほぐしたらいいのか――。高校時代に書道部だった記者が取材すると、筆づくりに20年超にわたり携わる職人は「筆は所詮、ものを書く道具」と話します。その真意とは……?記者が考えました。

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足から血を流した書道部時代

記者は高校時代、書道部でした。全紙(約69×136㎝)に、中国北宋の書家が書いた「赤壁賦」という作品を、「臨書」(古典を手本に書くこと)したこともあり、青春時代の思い出に色濃く残っています。

細かな文字が続く作品のため、全て臨書し終えるのに3時間ほどかけていた記憶があります。ひと文字間違え、ひとたび集中が切れると、その日は糖分をひたすらに摂取……なんてこともありました。

書き進めるごとに正座のまま後ずさりするため、足の甲が紙とのまさつで傷つき、気づいたら血が出ていたことも。そして足の甲には未だにタコが残っています。

その作品を作りあげる時にも、筆選びは慎重に行いましたが、筆の作り手に話を聞くことは今回が初めてです。

話を聞かせてくれたのは、奈良の筆メーカー「あかしや」で筆の製造を担当する、中井慎也さんです。

「ばらばら」な穂先の形、のりでかためて選びやすく

筆の使い方の中でもよく話題になるもののひとつに、「のりで固められた穂(筆先)をどこまでおろしたら(ほぐしたら)いいのか」というものがあります。

筆の穂先の形はそれぞれ異なります。あかしやで管理する穂先は1千種類を超えるそう。その穂先の形によって、書き味も変わってくるため、「形が一番わかりやすいように」穂はのりで固めた状態で出荷されます。

のりで固めているのは「筆選びの一助に」という工夫です。
筆作りのプロからみたときに、おろすべき長さや割合に、正解はあるのでしょうか――。

中井さんに聞くと「正解はないです」と一言。

「説明書きには、『太筆では3分の2ほど』と書いていますが、必ずそうしないといけないということではありません。ものによっては全部おろしていただいていいです」

その理由の一つとして、「おろす場所」を正確にコントロールするのが難しいということがあります。
確かに、「このあたりからおろしたい」と狙いを定めて指で穂をほぐしたつもりが、いつの間にか穂の付け根までほぐされてしまっていたことも。

もう一つの理由は、中井さんには「表現したいものに合わせるのがベストな使い方」という考え方がベースにあるからです。
「所詮、筆はものを書くための道具です。書きたい文字に合わせて使うものという認識です」と中井さん。「ボールペンなら、ペン先の太さが『何ミリ』などと表示されることで線の太さを明確に選ぶことができますが、筆は同じ筆でも様々な太さを表現することができます。さらに、どんな紙に書くか、書体はなにかなどによっても、使う筆は変わります」

ちなみに、説明書きに「3分の2」としている理由は、「穂の3分の1が、のり付けによって固まっていると、穂先の感覚が軸の部分に伝わって書きやすい」とのことでした。

穂先の詳しい名称=あかしや提供
穂先の詳しい名称=あかしや提供

推奨はあるけど「かっこいいと思うものを」

この、中井さんの「所詮、筆はものを書くための道具」という言葉。

初心者の筆選びのアドバイスを聞いた際にも同じフレーズがありました。

「初心者の場合は、軸(筆の持ち手)が、穂の付け根と同じ太さだと、力が均等に伝わりやすい」と、『普通軸』を推奨する一方、「所詮は道具なので、『だるま軸』(軸が穂の付け根よりも細いもの)が 『かっこいい』と思うなら、それを使っていいと思っています」と中井さんは語りました。

「筆の選び方は誰かに強制されるものではなく、書き手の自由であるべきです。書きたい文字と、それが表現できる道具をどう結びつけるか、ということなのだと思います」

もちろん、書道のベースには、「きれいな字」を書くという意識が必要な面はあると思いますが、「創作」の側面からみると、中井さんの「自由」という言葉に救われる思いがあります。

実は記者は、10年ほど前から人前で字を書くときに手がこわばってしまうことがあります。「人の目」を意識しすぎることが原因の一つとも言われています。

その点からも、中井さんの言葉はズシンと響きます。

正しい持ち方、きれいな字――。そういうものに必要以上にとらわれすぎた結果、字を書くことが楽しくなくなってしまうのは、悲しい。

「表現をするための『道具』を使い、自由に表現する」という意識を持てたら、もっと書くことが楽しく、気楽になるような気がします。

左が普通軸、右がだるま軸=あかしや提供
左が普通軸、右がだるま軸=あかしや提供

「面倒くさい」筆とのつきあい方は

中井さんが「所詮はものを書くための道具」と表現する筆ですが、ペンなど普段使いする筆記具に比べてお手入れが大変なことは間違いありません。

使い終わったら墨を丁寧に洗い流し、穂を下に向けてつり下げて乾燥させないと、毛が腐り、毛抜けなどの原因になります。もちろん、穂がぬれた状態でプラスチックキャップのような「サヤ」を装着してはいけません。

あかしやの広報担当、岡江結香さんは「筆は面倒くさい道具だと思います。でも、お手入れをしながら大事に使うことが学べる道具でもあります。筆を好きに使い、楽しんでほしい」と話しています。

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